2020-09-23

9月22日 秋分の日 Autumnal Equinox Day

(photo by Jason Hall)

日本でいつもお彼岸になると忘れることなくちゃんと彼岸花がでて咲くことにいつも感心していた。こんな気候変動でぐっちゃぐちゃになっていてもそれは変わらず、そしてマウイもとうとう季節が変わってきたなあと感じるようになった。本当にここ数ヶ月止まることを知らないトレードウインド、未だに風は吹いてるけど朝晩は急に涼しくなり、風も爆風がなくなってきた。ずっと2mのウイング以外使うことがなかったけれど、3mを使う日も多くなり、また前のように2mに一番小さなフォイルを出して、それでもきつくてビビってしまうような日は無くなってきた。


そして今日明日くらいに北うねりが入るという予報。ファーストスウエルになるほどのサイズではないかもしれないけど初っ端から大きすぎるより、少しずつだんだん大きくなってくれた方がありがたい(私がファーストスウエルと呼ぶのはマストオーバーでたまにクローズアウトが入ってくるような状態になるうねりのこと)
すでに一回頭くらいのサイズの波が入ったけれど、それもまだ予備軍的なサイズ。今回はロゴハイくらいじゃないかなあ?でもそれでもウイングだったら私のレベルでは大きすぎるのでカイトを出してレインズでやるか、それともカイトビーチのインサイドで小さめの波を選んで乗るか、どっちかになるだろう。

みんな冬がもうすぐ来ると感じているようで、仲間の多くが、そしてプロサーファーたちも久々にピアヒの写真や去年の波の写真などアップして気分を盛り上げている。

もし明日すでに波のサイズが上がったらダウンウインドはしないと思うので今日のダウンウインドは今シーズン最後(まあ冬の間にも波がない日にはやるかもしれないけど)かもしれないと思いながらマリコランへ。そう思ったらなんだか感慨深いものがあった。だってこの夏はダウンウインドばかりやってて、そしてこのダウンウインドとウイングがなかったらこの夏出かけることなくマウイにスタックして楽しめていたかどうかわからない。コロナでいろんなことが大変だけど、マウイから出られなくなった私たちにとってこのコロナの夏2020年の夏はある意味忘れられない素晴らしい夏でもあったねとみんなが言っている。

そんなわけで今日はスコットジェイソン、アートと一緒にマリコラン、明日あたりから波が入ってきたらしばらくダウンウインドしないし、もしかしたらこの夏最後かもと思ったらちょっと感慨深い。

途中レインズで小波の中遊んだり、ちょっと止まって写真撮ったり、シュガーコーブデジャンプセッションしていた若手チーム(リッジレニーやライアンファンクなど)にちょっかい出しにインサイドに行ったりと時間をかけてダウン。ウイングもフォイルもサイズがぴったりでとても楽に楽しめた。


まだこれからもダウンウインドやるとは思うけど秋分の日で一区切り、この夏は本当にありがとうございましたという気持ちだった。そして一緒に連れて行ってくれた皆さん、特に毎日のように一緒に誘ってくれ、ドタバタの私をちゃんと見続けてくれたアートには心から感謝。彼のおかげでダウンウインドを体験できた人、上達した人はどれだけたくさんいるんだろう?










小さめの板や大きめのウイングを試したくて借りてきていたのに、結局試さずに返しに行ったところ「え?どっちも使わなかったの?なんで?」と聞かれ、えーと、ッとモゴモゴしてたら「わかったダウンウインド行こうって誘われてそっち行ったんでしょ」と図星。プランは立てても楽しいことに引っ張られてしまう性格をしっかり見抜かれていた。まだまだ色々試したり練習したりしたいことたくさんあるからこれからも地道に頑張りつつ、波が大きければカイト、風がなければサップフォイルやサップも頑張らないと。

男塾状態、今まで以上に海での修行が増える冬のシーズンが刻々と迫ってきている。ワクワクと緊張で胸がいっぱいだ。

2020-09-21

9月20日 鎌倉の今昔

 鎌倉の古い写真を時折フェイスブックにアップしているカールさんという方がいる。マウイからでもその写真で鎌倉のことを思い出したり、昔こんなだったなあとか(まあ明治とか大将時代の写真は懐かしむというよりびっくりさせられるかんじ)楽しませていただいている。小町通りや鎌倉の最近のレストランなどの写真もあり、彼が鎌倉を愛している気持ちが伝わってくる優しいものばかり。

そんな中にこないだこんな写真と地図があり、まさにうちのあたりだと思って母に送って見たら返事が来た。

(現在の由比ヶ浜4丁目交差点とシードレスバーの間くらい?つまりまさにうちの前あたり)
この石垣はまだあるかもと言ってたけど、確かに私が子供の頃は近所はどの家もこんな石垣、あるいはちょっと奥まったところは(多分海の強風が当たらないところ?)は細い竹を集めた昔ながらの素敵な生垣ばかりだった。そして高い石垣をロッククライミングのように登るのが子供の頃の遊びだった。今でも由比ヶ浜の浜側の塀はちょっとだけ名残が残っているんじゃないかな?数年前逗子に行った時浜の石垣を登ってはジャンプし、だんだん少しずつ高いところに移動してジャンプの高さを上げて遊んでいた子供達を見て、時代が変わっても子供達の楽しみ方は全く変わらないなあと嬉しくなったのを思い出す。

昔の鎌倉の地図

さて、この地図も母が見たら、昔は私たちの住んでいたところの住所は由比ヶ浜ではなく、長谷167だったのだと話してくれた。そしてこの地図には由比ヶ浜駅も出ているし、江ノ電の鎌倉駅が西口になってるからそれほど古い地図ではないと。もっと昔、母が子供の頃は由比ヶ浜駅はなかったし、江ノ電の鎌倉駅は西口ではなく、今の島森書店があるあたり、表駅側にあったそうだ。
当時の話は色々母に聞いているけど子供の頃聞いた話でうろ覚えだし、子供の頃なんて親の話ろくすっぽ聞いてなかったから、今度会ったらもっとゆっくり昔のことをたくさん聞いておきたいなあと強く思った。
母との時間がこういう感じで貴重に感じられるようになったていうのは母も私も歳をとったということかな?でも鎌倉の歴史を姪っ子や甥っ子に正しく伝えられるように、そしてその子達がまたその次の世代に伝えられるように私たちはしっかり自分のルーツを知り、受け継いていきたいなと思う。

カールさんいつも昔の写真などありがとうございます。ここでもシェアさせてもらいます。
だんかつら
八幡さま?
八幡さま


長谷観音に向かう道
昭和25年くらいの由比ヶ浜海岸 今よりすごいかも?私も海の家が迷路みたいに2列に並んでて(それくらい砂浜が広かった)、射的とか金魚すくいとかやってたのは覚えている。
まだ134号の道路がなかった頃
関東大震災の後の鎌倉駅




2020-09-16

9月15日 kanaha Beach Party!


(Happy birthday you two and congratulation on your Marriage Zane! oh conner is a daddy also, so many things to celebrate! photo by Steve Funk)
今日はゼインシュワイツアーとコナーバクスターの誕生日。ゼイン、コナー、コーディーカーバックス、カイレニーたちは赤ちゃんの頃から親もウインドサーフィンやサーフィンでつるんでいたこともあり、ずっと一緒に遊んできたし、子供の頃からライバル同士だった。それぞれタイプが違うし、得意な分野も違うけれど、それでもウインドはみんなやっていて、ウインドサーフィンのインターナショナルな大会が久々に開催されるという時、ちょうど乗れるようになり始めた子供達のためにキッズ部門もできた時、彼らはみんな初めてそのキッズ部門でウインドの大会に出場。カイだけは普段からホキパで乗っていたし(その時もキッズ部門に出ずにメンズ部門に出ていた気がする)コナーは大会前の付け焼き刃でビビりながら練習、それ以外の子達はみんな初めてのホキパ、なのに大会では頭オーバーのコンディションで子供たちも親もドキドキだった。そんな中みんな頑張って、ゼインは波に巻かれて大泣きしながらレスキューされ(その後ケロっとして海は嫌だというう感じで陸でバックフリップばっかりして遊んでたけど笑)その時の悔しさがバネになってよく年のキッズ部門ではループしたり波を攻める彼らの急速なレベルアップに感動したのを覚えている。

ウイングで出て行くコナー、普段も朝早くからレースボードの練習を欠かさないのはマウイでは彼くらいじゃないかな。きちんと真面目に練習する姿勢は本当に素晴らしいし、子供たちやコミュニティーにもすごく貢献している。



お父さんとタンデムセーリングに出るコナー。父親のキースはボートキャプテンでジョーズに出るボートやモロカイレースでもサポートに出るし元々ハワイアンプロラインというブームやジョイントを作る会社をやっていた。




イケイケのゼイン、昔から変わらないアグレッシブなスタイル。




そこから早送り、今では知らない人はいないウオーターマンに育った彼らがこうやって何かのお祝いのためにビーチで楽しく一緒に遊ぶのを見るのは本当に嬉しい。レースや大会での競争意識が強すぎて仲が悪くなったりもすることはある、(特にカイに対してそう感じてる人は多い、コナーとカイのサップレースやジョーズでの競り合いは喧嘩腰になることも多かった)でも最終的には海を愛する、海のあらゆる遊びを心から楽しめる、そしてそのうちの何人かは家族を持ってその家族とも一緒に海で過ごすようになり、マウイらしいオハナ、何組もの家族が一つになって素晴らしい時間を過ごせるのは本当に見ているだけで幸せな気持ちになれる、コロナがなければ彼らはみんな大忙しで世界中を飛び回っていたことだろう、そういう意味でも家族との時間を持てたこの一年はもしかしたら後で振り返って大事なことを確認できるいい年だったと思えるのかもしれないな。



さて、パーティーと言ってもテントが張ってあるわけでもなくバーベキューを大掛かりにしてるわけでもなくそれぞれがやりたいことをやってるという感じ(コロナのせいでソーシャルディスタンスをキープしなくてはならないので大人数の集まりは禁止)でもそれぞれが赤ちゃんを遊ばせていたり、久々の再会でいろんな話に盛り上がったりしている中、ゼインたちはこれを機会にといろんなおもちゃを持ち出して遊んでいた。ウイングフィッシング、タンデムウインドサーフィン、ウインドサーフィンといろんなことをふざけてトライして楽しそう。やったことのない女の子たちもウイングにみんなトライしたりそれをメンズがサポートしたり。

コーディーカーボックスもウインドサーフィンなんて10年以上してなかったーとニコニコしながら上がってきた。コナーはいつ練習してるのか(そんなにしてないと思う)ウイングを出してきて普通に乗ってるし、ゼインは相変わらずイケイケでジャンプしたりバックループしたり吹っ飛んでいる。


カイはスピードを追求しようと早そうなおもちゃみたいに小さい(でも硬そうで早そう)カイトレース用のフォイルをつけた小さな板で出てきたとんでもないスピードで走っていた。

それを見たアレックスは(彼もスピード自己記録を伸ばそうと必死にウイングでスピードを出していたので)さらに火がついたように突っ込んで走っている。

去年の冬にジョーズで大腿骨を骨折したライアンも復活して海に出ていたし、リハビリに励んでいたコナーのお父さんも海に復帰、コナーと一緒にタンデムウインドサーフィンを楽しんでいた。とにかく3代くらいの家族がみんなそれぞれ楽しめるこのビーチ、安全で風は吹いてて、ベンチや芝生もあって、最高だなあ。

彼らがプッシュしあって色々やってるのに刺激され、普段からここにきているウイングライダーたちもいつも以上に攻めていた。エリオットも小さなボードでエアーを繰り返し、アレックスにスピードを図る時計を借りてトライしてみたり。



カイトサーフィン初期の頃毎日一緒に海にいたエリオット、実は彼がプロウインドサーファーとして駆け出しだった頃、一緒にオレゴンコーストのトリップ記事取材で旅したこともある。(もう20年以上前の話)またフォイルのおかげで毎日のように会えるようになるとは嬉しい限り。
高校生だったケイン、子供の頃から研究者みたいなタイプだった彼は今でもギアのデザインやフォイルの細かい部分の研究に熱心、後ろ前につけた私のテールウイングをちらっと見ただけでびっくりしたような顔で、それで乗っていたの?と聞いてきた。さすが笑
カメラマンがそこにいることを知ってか、あるいは知らずに突っ込んでびっくりしたせいか、吹っ飛んでたリビオ。彼はサップレースで常にトップクラスだったけど風邪者は初めて、でも元々センスがいいからすぐ上手くなり、スポンサーであるSICのボードやウイング(はい、SICからもウイング出るみたいですよ!)のR&Dに関わっている。


私は私で前から気になっていたウオータースタートにトライしてみたくて(まずは小さな板買えば嫌が応にもできるようになるという周りの意見を聞きながらもほんとにそこまで苦労したいのか、疑問もあったので)大柄なエリオットの板なら私にはバランスいいだろうとちょっと借りてみたら、全然できない!まずその板のバランスポイントがわからず、座ることすらできない(ショートボードのサーフィンもろくにしたことないので多分バランスよく座って波待ちできないだろう)必死でちょっと沖までパドルするにもバランスが取れなくて時間がかかり、その後横でアドバイスをくれるエリオットのいう通りにやってみようとするが、前にひっくり返ったり横に転がったりでスタートする以前の問題。その上膝が悪くて正座も膝立ちすわりもできないので余計に大変、低い姿勢でバランスを取れと言われてもそれができない。かといってSinkerというこれより小さな板なら足で沈めた状態でスタートするから正座しなくていいというけどとても想像すらできない。ほんともこれ以上小さな板スタートできるんだろうか。途方にくれる思いだった。

その上、新しいテールウイングを試していたんだけど、(普段使ってるのの方が好きだしちょっと乗りにくいけど安定感はあるしよく浮くからフォイルサーフィンにはいいかなと思っていた)エリオットと板を交換したとき彼がそれをみて「Tomokoこれテールウイング後ろ前になってるよ」

えー、その違いもわからないくらい私ってレベル低いんだ!まあ、彼がこれで乗れるのかやってみるといって試したら、まあ乗れないことはないといっていたけど。情けない。でもまあ、うまく乗れないなと思っていたのの言い訳ができた。

10分くらい借りてやってみただけなのにくたくたになり、エリオットが100キロ近い体重であんな小さな板に乗ってることに改めて尊敬。


エリオットは新しいアームストロングウイングを買ったばかりですごくいいと絶賛していたのだが、カチッと決まるというそのウイングをアレックスにも貸してあげた。

70年代にウインドサーフィンを始めてから常にスピードを追いかけてきたアレックス。ウインドのレースではロビーよりも前にフロリダの若手兄弟としてグレッグとアレックスは世界選手権で優勝したりしていた。当時はカリフォルニアのマットシュワイツアーやマイクウオルツ、フロリダのロンダスミスやアレックスアグエラ、カーラ。そして東海岸ではドンヨーカム、ネビンセイヤー、ジェフヘンダーソンなどやウインドのパイオニア(もっと他にもいると思うけど簡単に今でも知られている人をあげると)
その後もカイトサーフィンに移行してからカイトレースにハマり、ワールドチャンピオンにもなったしカイトレース連盟の会長さんとかもやってたはず。カイトレースはすでに完全にフォイルの世界だがそこでカイトレース用のフォイルをデザイン、制作していたことがこのゴーフォイルの生まれるきっかけにもなっている。

この日スピード記録を出そうと必死にスピードランを繰り返していたアレックス。そのウイングを借りて、ものすごいパワーを感じてこれならスピード記録出そうだと思ったのだろうか?思いっきり突っ込んでクラッシュ、なんとエリオットが買ったばかりのウイングを破ってしまい、終了。その上スピードを記録する時計の電池が途中で切れてて、一番速かったと思ったランのあと時計を見たらスクリーンが真っ黒、電池が終わっていたらしい笑(あまりにすぐにウイング壊したので彼がアームストロングウイングに乗ってる写真はありません)

教訓、人から借りたウイングでスピード記録を出そうとするのはやめましょう

何の陸に上がってきても、あの記録が出てれば絶対記録が更新されたのに。とそればかり言って悔しがってる。その上、スピードの単位がノットとマイルで違うらしく、ほんのちょっとの違いなのにそれを変換するのを仲間にたのんで、0.1とか0。25とかの違いでもいちいちそれが何マイルなのか、あとどれくらい早ければ記録になるのかとしつこく聞いていた。

エリオットも呆れてたと思うけどナイスガイなので何も言わず、まあアレックスも大人なのでその場でそのウイングを買い取り新しいのを買って渡すことになったみたいだけど、普通ならそれでお金がかかってがっくりするだろうけどそのことより時計の電池が切れてたことばっかり悔しがってるアレックス、本当に根っからのコンペ志向でスピード狂なんだな。

そんなわけで記録のことでブツブツ言ってるアレックスの横で、電池もそうだけど、新しいウイングも買ったしなと仲間がからかったら苦笑いしてたけど横で奥さんのかーらが呆れかえっていた。でもまあ、性能の悪いウイングじゃなくてよかったなと他の仲間がさらに追い討ちをかける。

プッシュしているのはカイやゼインだけではなく、オヤジたちも日々彼らなりにプッシュしているのです。

デイブカラマは毎日サップDWざんまい、もう最近は最初に浮き上がる時にパドルを使うだけで浮き上がると背中にパドルを突っ込んでプローン状態でフィニッシュまで行ってしまう。途中風波のうねりでカービンして360までやってしまう。そりゃあウイングなしでウイングより速いスピードでダウンウインドできればウイングでダウンウインドする気にはならない。その上彼のテクニックがあれば風が弱くてもウイングより速く走れる。ほんとにすごい。

私は今年もサップフォイルのダウンウインド練習ろくにできないまま夏が終わってしまった。でもこれからも波がなくて風がつよーく吹いてる日にはトライしてみたいと思っている。諦めるには楽しそうすぎるから。あれこそダウンウインドの究極のスタイルだと思う。

そんなわけでビギナーでも上級者でも家族でもカップルでも楽しめるカナハビーチの様子をお伝えしました!

そろそろ冬の波が入ってきたら、さらにロウアーズで最高の波が立つし、その下のKAAではウイングにぴったりの波が割れる。楽しみです。

ちなみに来週の水、木、金曜日あたり、ファーストスエルかも?明るく楽しい、緊張感はあまりない夏は終わりだな。。速く仕事終わらせて体調もしっかり整えてギアもチューンしておかなくちゃ!あー急にドキドキしてきた!



2020-09-12

9月11日 9・11に思うこと。



きてカレンダーを見て9月11日だということに気づきました。あの忌まわしい出来事、そして親友シルキーのことを思い出しました。


19年前の今日、私は朝早くからホキパビーチに向かっていました。私にとっておそらく初めて(だったと思う)の大きなカイトの大会、第一回のレッドブルキングアブザエアーが開催されるということで1ホキパでカイトができるチャンス、数日前から興奮していたくらいで始まるのはお昼頃だけど、朝8時ごろには私も親友でカイト仲間のシルキーもビーチに来て、心の準備をしようとしていたのです。
ビーチに着くと、この時期にしては早いマスト杯くらいの波が割れていて、見るからに風も上がりそうな雰囲気。これは最高のコンディションの中で大会が行われる、自分にはちょっと怖いくらいのコンディションだったけど、(何しろ、2ラインカイトにウエイクボードスタイルの時代ですから)さらに気を引き締めて、緊張と興奮を落ち着けようとしていました。
そんな時隣にいた人が、今日の大会はやらないだろうねえ、と困ったように話しかけるので「なぜ?これ以上のコンディションはないくらいなのに?」と思ったのですが、次に彼の口から出た言葉に私もシルキーもショックで体が震えたのを覚えています。


周りの誰もがNYで起こった信じられない出来事についての話で騒ぎ始めました。こんな中大会もないだろうしやる気にもなれない、と私とシルキーはその素晴らしい波が割れるビーチを後にシルキーの止まっていたアパートに向かい、その小さな部屋で二人で抱き合って泣き続けました。何について泣いているのかわからないけど、なんだかもうたまらなくなり、お互い日本とドイツの家族のことを思いながら泣きました。そして家族の元にいたいけど少なくともお互いがそばにいることが気持ちの支えになるとも感じました。一人っきりであの時間を過ごしていたら本当に心細かったと思います。
テレビのニュースをつけるとどんどん落ち込みそうだったので、何もつけずに二人でぼーっと部屋にいて、ゴロゴロしながらなんでこんなことになっちゃったんだろうと考えていました。こんなことが起こった後、世界も私たちも、元に戻るはずがない、それほどひどい衝撃と悲しみがどっと押し寄せる思いだったけど、20年近く経った今。ほとんどこのことについて思い出すことはありません。それにニューヨークも新しいビルが建ち、人々はみんな忙しく普通に生活しています。
誰もが前に進み、何もなかったように生活しているのです。人間の回復力とはすごい、怖いくらいです。
9月11日が来るとあの悲しい出来事と同時にシルキーのことを思い出します。当時まだ23歳で前の年にカイトでルーキーオブザイヤーに輝いたのに9。11のあった翌年の春にカイトの事故で亡くなってしまいました。
私たちはその年一年一緒にいろんなところを旅し、大会に出て、楽しもうとビッグプランを立ててました。なのに、それが始まらないうちに春にヨーロッパで開催された大会中に亡くなってしまったので、たくさんの思い出を作るつもりだったのに、あんまりないのです。9月11日から1週間ほどはずっと一緒にお互いの心の痛みをシェアした時間だったのでそれがいちばんの思い出に残るシルキーと一緒に過ごした時間になってしまいました。


人が(それが敵であったとしても)あんなことを起こすことを考えることすら未だに理解できませんが、今でもそれと同じくらい、あるいはもっとひどいことが起こったりしています。個人的レベルでも国レベルでも地球レベルでも。人間が根本的に両親の生き物だと私は信じていますが、ほんのちょっとしたことがきっかけでとてつもない悪意や敵意、邪悪な考えを持つこともできるということも知っているつもりです。

9・11のような痛ましい出来事を決して忘れず、そこから必ず学んで次世代を今より良いものにしたい。私たちは意見や考え方が違っても育った環境や文化の違いがあってもお互いに敬意を持って仲良く暮らせるはずです。そういうことを学校で教える最重要事項にしてほしい。だって、いろんな記号や数字が並んだ科目たくさん授業で受けて暗記させられたけど、大きくなってとても役に立ったものはそんなにない。それよりも慈愛や全ての生き物がよりよく生きることができるような行動、生き方を学ぶことの方が、私たちの心も体も健康にしてくれる気がするからです。

9・11の犠牲者そして彼らと親しかった家族や友人に祈りを捧げます、そしてもうあんな思いをする人が増えないように、祈ります。

シルキーのことはたまに思い出します。彼女が今いたらどんな素敵な女性になってたかなと寂しくもあります。
彼女の死はあまりに突然で私にとってもっとの受け入れがたい死の一つでした。ハーネスに彼女の名前を書き込んで、海に出るときは必ず二人ぶん楽しむと心に決めていました。
多分そのミッションはいい感じで達成してる気がしますが、これからも二人ぶん楽しまないとならないので遊びすぎ楽しみすぎだよと人に言われたら、二人分だからと言おうと思います。


2020-08-23

8月23日 マウイのスーパーキッズたち

(Richard Hallman Photoもう5年くらい前の写真になるけれど、今でも最も好きな写真の一つ、カイレニーが育ったビーチに毎日のようにやってくる子供達、もちろんカイレニーが大好きで、それは彼らがカイを見つめるキラキラした表情だけでもすぐわかる。そして今小学校高学年や中学生になったこのキッズたちはミニカイレニーのようになってサーフィン、スケート、カイトウイングとなんでもリッピングしている)
10年くらい前にものすごい勢いでキッズが活躍し始めた。カイレニー、コナーバクスター、ゼインシュワイツアー、コーディーか〜ボックスなどセカンドジャネレーションが一つのスポーツだけでなく、いろんなことをやるウオーターマンとして目立つようになり、サップレース、サップサーフィン、ウインドサーフィン、カイトサーフィンとどんなスポーツでも名前が出てくるようになった頃だ。
彼らは自分が活躍するだけでなくキッズにもとっても優しく、よくキッズを連れて海に来ていたり、キッズイベントに応援に行ったりしていた。とっても好感が持てたが、その影響は大きく、結果は今明らかに見えて来ている。とにかく今マウイはミニカイレニーだらけなのだ。

(マーリー数年前)
マーリーフランコ、ちっちゃな頃から可愛くてなんでもトライして、何度も骨折したりしてるけど、今ではウイングでもまりこレースで上位に入ってたしサーフィンでもほのルアのチューブに入る、カイトでもスケートでもなんでも楽しむ、もちろん子供らしく水辺ではしゃいだり、自転車乗ったりも大好き。もう多分11歳か12歳くらいになったかな?
マーリーサップサーフィン
こんな小さい頃からマリコレースにも挑戦していた。
マーリーホノルアベイ。
パドルイムアではトップライダー達に混じってトップグループフィニッシュ。


マウイを代表するティーン、シンプソン兄妹、パドルイムアではクリスリンはサップレースボード、タイはウイングでトップ集団フィニッシュ(いつの間に練習してるのやら)一番小さい妹はお父さんのジェットに乗って応援。

クリスリン、メネフネメイハムコンテストでの勇姿、当時まだ彼女のことをよく知らなかったけれど、彼女のこの真剣な目とスタンスのこの写真があまりに印象に残っていて、保存してあった。あとで、あれ・あの時の小さい女の子もしかしてクリスリンだったのでは?と思って調べたらやっぱりそうだった。
今ではティーンのトップアマチュアサーファーになり、去年の冬はビッグウエイブセイフティーのトレーニングにも参加し、お兄ちゃんに追いつけ追い越せと頑張っている。
1枚目の写真よりちょっとだけ成長したクリスリン、すでにハワイアンの風格が出てるライディング。
そしてビッグウエイブもチャージ。


お兄ちゃんのタイシンプソンカネ、8歳の時にジョーズの波を見て、自分もいつか必ずこの波に乗ると、ビッグウエイバーたちがトレーニングしているジムに入り、トレーニングを始め、3年前に初めてトライ、14歳の時にピアヒの大会で波が大きくなりすぎてキャンセルになった時トウインで波に乗り、注目を浴びた。そして去年のピアヒチャレンジではワイルドカードで選手に選ばれ大健闘。今ではピアヒでトウインでもパドルでも十分な実力者として認められるほど、まだ多分15か16歳だけど、謙虚で努力家だから先輩たちも応援している。
まだ8歳くらいの頃のタイ、ホノルアベイ、ハワイアンの家族の長男として生まれ、サーフィンだけでなくハワイアンとしてのアロハやオハナヲ大切にすることをしっかり学びながら育ってきた。ボランティア活動なども率先して参加し、そういうイベントではいつも誰よりも動いている少年。まだ13歳くらいの時に既に体の不自由な子のためにみんなで波乗りをするイベントを企画開催したほど。
この夏サウススウエルでのライディング。
イアンウオルシュやペイジをアンクル、アンティーと呼び慕い、尊敬しているからこそ、彼らからいろんなことを学んでいる気がする。これからマウイのサーフシーンを引っ張っていってほしいt好感度ナンバーワンのサーファー。
パドルイムアでもみんなが帰ってしまった頃3時間半かけてフィニッシュしたジョッシュをずっと最後まで待っていた一人、そして彼がフィニッシュしたら、すぐ板を運んだりサポート、こういうところが将来の真のチャンピオンとしてふさわしいなと思わせる点。
まだ誰もフォイルでダウンウインドしていなかった頃からやっていたジェフリーとフィンのスペンサー兄弟。
フィンは13歳の時にサップフォイルでまりこレースに参戦、すべての種目(カヌーも含めて)よりも早くまりこレースで湾の入り口までダントツでフィニッシュして周りを仰天させた。もともと撒布でのサーフィン、レース共に頑張っていた兄弟だけれど、最近がウイングにはまっている、そしてちょうど昨日、おそらく世界で初めてウイングでバックフリップの成功した動画をアップ(これはカイレニーも練習していたので、先を越されて今頃できるまで一日中練習してるんじゃないかな?笑 と思ってチェックしたら、スピードのチャレンジという動画をアップして、30ノットというすごおいスピードを出してフォイルでカッ飛んでる映像があった、怖い!)私の予想だと1週間以内にカイレニーもバックフリップを決めるはず笑 結構みんな負けず嫌いなのだ。
(このブログを書いたその日の午後にはカイレニーが、ジェフリーのバックフリップよりかっこいい、そして動画としても出来がいい映像をしっかりアップしてたのにはさすがに予想通りとはいえ笑えたことを加筆しておきます笑1週間どころか24時間待たずにアップしてました、その上なんと、フロントフリップまで動画アップ)

 15歳でピアヒの波に挑んだ、Zことザック・スチェテウイ(苗字がよくわからない)
はウインドサーフィンでジョーズの波に乗った)

13歳のフォイルやウイング、カヌーをやっているシグなどとにかくいろんなティーンエイジャーが出てきている。

その下にはマーリーフランコとその仲間たち(ここにおそらく10人くらいのメンバーがいる)、この世代は仲良しグループでオフロードバイクからスケート、サーフィン、サップ、フォイル、ウイング、カイトとなんでもやる。それぞれ得意なもの、一番好きなものはあるのだろうけれど一つのことばかりやってると飽きちゃうらしく、とにかくなんでもやるのが特徴。

さて、その下に出てきているのが
ボボ・ギャラガー、彼は8歳の頃から知っているが、最初っから何かが違った。

まず一つには親がプロ級のウオーターアスリートでもなんでもない点。とにかく自分が海が好きでいろんなことがやりたくて、でもお金持ちなわけでもないから結構ボロボロの中古や体に合わない大きな道具を使ったりしてでも毎日海に出てきていた。でも頑張ってるとみんな気づくもので、2本も3本も板をビーチにおいて取っ替え引っ替えでてきては何時間も海に入ってるちっちゃな子供を見てれば応援したくなる、その上マストサイズの波が割れているどオンショアのマリコレース、みんなが出るのをやめるようなレースにも出たいと言って聞かず、ゼインが自分は選手としてでなく彼のサポートで出ることにして最後までフィニッシュしたり、マウイのレジェンドウオーターマン、アーチーカレパが彼が白人であるにもかかわらず、ハワイアンウオーターマンとして文化や歴史も含めて彼を育てたいと自ら師匠になることを名乗り出たり、その後もカイト、ウインド、フォイルと全てやりたがり、全て上達してきて、DUOTONEニスポンサードされるようになった。

ありがたいことにこのメーカーはカイト、フォオイル、ウイングと全ての道具を作っている上に、テストやデザインしているチームがマウイ在住なので彼はギアにも困らなくなり、Unstoppableの状態、パドルイムアでは非公式ではあるけれど30分を切るタイムで2位にフィニッシュ。
先週は、ハワイ島からマウイ島までも50マイル近い距離をウイングで横断。動画を見たけどジャンプしたりものすごいスピードでうねりをリッピングしたり楽しみながら3時間かけて横断、疲れただろうによく実にはすでにサップボードでダウンウインドしに来ていた。まだ11歳の小学生だが、目つきが違う。みんな彼とカイレニーとの違いは金銭面だというけれど、私は金銭面など気力、やる気、やりたいことに向かう精神力に比べたら金銭面などそれほど問題ではないと思う、このまま行けば彼もカイレニーのような素晴らしいウオーターマンになると思うし、実際彼はすでにジョーズに目を据えているのを私はよ〜く知っている、なぜなら何にも関係ないのにピアヒチャレンジのための儀式(大会でもない時に無事にできるようハワイ式に祈る儀式)の時にも見に来ていたし、その時にいた選手を見る目はただの憧れではなく、必ず自分もいつかという強い視線で見つめていたから。
いつかはピアヒで乗りたいねと声をかけたら恥ずかしそうにではあったけれど、しっかり強くうなづいてた。
ピアヒに出るのは一人ではできることではないし、サポートしてくれる人がいないとできないが、私の予想では誰かが誘ってくれたらこの冬にでも行ってしまうような気がする。

ちょっと前にウイング始めたと思ったらどんどんジャンプし始めてるキッズがたくさん、その中の一人がケイデンプリチャード。多分7歳くらい? これは昨日のライディング、この間ヨチヨチ歩きなのにスケートパークにきてコーチング受けてると思ったら、目の前でこんなジャンプ見せつけられた。

 もう一人、まだまだ技術的には全然なのだがこの子は上手くなるんじゃないかという子がいる。名前はコア、ファビオ、スペイン人のお母さんとイタリア人のお父さんはヨーロッパから来た人らしく、彼らが海に入ってるのを見たことはないけれど、コアは毎日のように(今学校が休みなので)海に来ている。結構な強い風の中一人で頑張ってやっている様子は見ていて、本当にインスピレーションをもらう。
彼の素晴らしいのは親に言われてやっているわけでもなく、自分でやりたいことを決め、そして自分で風のコンディションを見て、どこでやるか考え、道具も親の助けを借りずに全て自分で運んだり、セッティングしている点。
何から何まで自分でやってる、私の半分くらいしか身長がないのに。サーフィンも結構真うまいらしい。
そして夏のカナハはかなりの強風なおで四苦八苦しながら朝早く弱い時に頑張って、そのあとハーバーに移動して練習したりしている。ずっとウインドサーフィンを練習していたが、数日前気がついたらウイングに変わっていた。
そして何回かやっただけで乗れるようになってしまってからはウイングに夢中になっている。道具が軽いし、スピードもあるから楽しいのだろう。
誰にも手伝ってもらわずに一人で黙々と練習している様子は大人よりすごい。そして彼の目の輝きは小さい頃(今でも変わらないけど)のカイレニーやボボ、アニーライカートに通じるものがある。
彼も将来このまま行けば素晴らしい選手になるんじゃないかな?

カイ、コナー、他にもプロサーファーのアルビー・レイヤー、マット・メオラ、みんな生まれたときから知っててそれぞれの成長を見てきてるけど、こうやって小さい子が成長し、立派に育ち、またその下の子供たちに影響をあたえ、応援したり、挑戦をサポートしたりしている様子を見るのは、年をとってみんなのAntieTomokoになるのも悪くないなと思う。海でのパフォーマンスだけでなく謙虚で、目上の人へのリスペクトを忘れず、下の子たちのサポートを欠かさない、素晴らしい新しい世代を本当に誇らしく思っている。他にも書き始めたらきりがないほどたくさんのキッズ、ティーンエイジャーがすごい勢いで伸びてきている。本当に楽しみ!