2010-04-14

4月13日 マーシャル滞在日記すべて終了!

今日は波が上がる予報だったので早起きしてチェック、波は確かに上がっているが風がオンショアで波をぐちゃぐちゃにしてしまっている。波乗りには風がありすぎ、カイトするには足りない半端な風、そのうえ騎兵はすでに風が強いらしし、どこもいまいちのようだ。
アンドリューとマリーはそれでも新しいボードが試したくて島の反対側までチェックし小さな波を乗りに行った。

私は久しぶりにヨガクラスへ。体力も衰えているし、腰もまだ完全に治ったわけではないのでどこまで出来るか不安だったが、無理をしないようにしながら最期までいっしょにやらせてもらった。
久しぶりに縮こまっていたからだが伸びた気分。そしてここ数ヶ月で急成長、ものすごい上達を見せているヨガ仲間たちのすばらしいプラクテイスを横目に除かせてもらった。私たちがシャバスナで寝た状態になっているとき彼らはセカンドの難しいポーズに取り組んでいて音が聞こえるのでみんなついつい気になって顔がそっち側に向いて目をちょっと開いて覗き見していたらしく、恵子先生が笑っていた。

カイトやウインドの仲間もすばらしいけどヨガを通して知り合った仲間達もとても結束が固く、お互いプッシュしあって励ましあっていけるすばらしい友人達だ。
それにしても体の具合が悪くないだけで幸せ。ここのところ日に日に調子が上がっていくので毎日うれしくて仕方がない、初心を忘れずに体がよくなってもこの気持ちをもち続け無理をせず健康第一の生活を続けよう。

今日は一日雨が降ってくれたおかげで仕事がいくつも片付いた。このWindmail Diaryのマーシャル滞在期間中の日記もすべて書き終えることが出来た。
これからもたまった仕事をこなすべく、Keep on going...

4月12日 Feeling better and stronger!

ぎっくり腰も調子も少しずつよくなり、インフルエンザも治り、体力も少しずつ回復、クリステインのキャンプも無事終わり、マーシャルから戻ってきてはじめて、普段のマウイに生活に戻った気分になれた。とにかくあまりにたくさんのやるべきことがたまっているので今日はそれを少しずつ片付けるのに一日中費やした。具合が悪いときにやるべきことが気になってストレスになるのに全然できずにいたが、健康が戻ってくると、気分もポジテイブになり、やることはたまっているけどそれをストレスにせずにがんばってどんどんこなそうというモチベーションが上がる。やっぱり何より健康が一番。健康になってきたということだけで一日ハッピーですべてが楽しく、気分が良かった。この気持ちを常に忘れないようにしないと。

今晩ヨーロッパから友人が1ヶ月の予定でやってくる。そのために家中大掃除。その後ジミールイスの工場に挨拶に行ってオーダーするボードの相談をしたり、原稿を書いたり、この日記(マーシャル滞在中の部分をアップしていないので)をアップしたり。

明日から波が上がる予定。しかし風がオンショアになるかもしれない。そうなるとどっちつかずでサーフィンにもカイトにもいまいち。いい風が吹く(あるいは全然吹かない)といいなあ。

2010-04-12

4月11日 KBfor Girls 微風の最終日

今日も朝10時からビーチに集合、まずはビーチクリーンアップ、そしてその後拾ったごみについて話し合ったり、今私たちにできることなどについて少し話し合った後、海へ。今日も昨日と同じようないい風が吹きそうな雰囲気だったのに、思ったより風が上がってこない、いつもよりオンショア気味でガールズデモ9mでアンダーのコンデイション、オンショアなので下りやすく、何人かカイトを落としたままリランチで絆がされてしまった。その後も皆大きめのカイトに変えたにもかかわらず風は見る見るうちに落ちてゆき、結局一日中、弱いままだった。昨日がんばりすぎてみんな筋肉痛だったみたいなのである意味良かったかもしれない。
それでも11mや13mを出し、サーフボードなど浮力のあるボードでがんばって走る人も何人かいた。

風は弱かったがいろんなことをトライしたり、イメトレしたり出来たし、この3日間一緒にカイトをしながらがんばってきた仲間意識も生まれ、最後は本当にみんながいい笑顔だった。
私は海にもでずにビーチから教えているだけだっ長けれどそれでもみんなの上達を見ることが出来てその喜びを一緒にシェアでき、みんなのモチベーションが上がってくるのを感じられてとてもうれしかった。日本ではここ数年カイトキャンプをしていなかったけれど、もしも十分な人数がいればああやってみんなで集まってカイトの上達に励む機会があるのはすばらしいことだから、またやってもいいなあ、と思った。日本では一体何人くらいの女性がカイトをしているんだろうか?見当もつかない。

それにしても3日間走り回ってがんばったクリステイン、そしてローカル側のオーガナイズをしてくれたアクションスポーツ、そしてカメラマンのニールなど本当にご苦労様。3日間朝から暗くなるまでのハードワークではあったけれどとっても有意義なイベントだった。
最後にクリステインがいろんな賞を何人かにくれたのだが、そのとき私にはシルキーアワードをくれた。これは何年も前にカイトの事故で亡くなったポジテイブで明るくみんなに影響を与えたシルキーのスピリットを受け継いていきたいという気持ちから彼女がイベントのたびに一人選んで表彰するものらしい。
シルキーは私のカイトサーフィンの当時ベストフレンドでもあり、彼女が事故でなくなったときのショックは本当に大きなもので、そのとき私はカイトするとき自分は彼女の分まで人の2倍楽しむと誓ったのだった。はっきりいってここしばらくそのことを忘れていた。クリステインがシルキーアワードのことを話し始めたとたんシルキーの存在がビーチにしっかり感じられ、彼女との楽しい思い出が鮮やかによみがえってきて、ああ、なんて最近コンデイションに贅沢になったりいろんな面で甘んじていた自分が恥ずかしくなった、贅沢にならずにカイトをもっともっと楽しもう、と心にズシーンと来た。何はともあれ、賞をもらうなんておもってもいなかったが、何よりうれしい賞だった。

2010-04-11

4月10日 KBfor Girls 2日目

Girls were goin' off!
朝10時に集合し、まずはそれぞれが学びたいトリック、技、スキルなどを聞き、それについてビーチで説明。グループに分かれてビーチの上で、ビジュアルイメージを作った後海へ。風は普段のマウイにしては弱めでレデイースでも7や9mで乗れるほどの風、それもちょっとオンショア気味なのでガステイーでなくとても乗りやすかった。最初にクリステインがそれぞれの技をデモンストレーションしてくれ、それを見ながらさらにイメトレ、みんな猛イメージで頭がパンパンになった状態で出て行った。なんとスロベニアから来たがんがんスピード出してアンフックトリックをする16歳のサブリナから63歳でカイトをはじめ今66歳という(そしてバックロールをトライする)生き生きと若々しいスザンヌまで60歳の年の差!でも一生懸命さはみんな一緒で楽しそうに乗っていた。おそらく普段より、ずっと自分をプッシュできたのではないだろうか?初めてのバックロールが成功した人、初めてスムーズなターンが出来た人、初めてレイリートウートウサイドにトライした人、そのほか多くの人がいろんな初めてにトライしていた。そして帰ってきてニコニコ顔で、「こんなに上手く乗れたの初めて!」「最高に楽しい!」といってくれるともう教えてる側としては感無量、ああ、やってよかった、と心から思えるのだ。
サクラキャンプでガールズカイトサミットでもそしてヨガリトリートでもそうだけれど女性が集まり同じ好きなことを一緒に練習すると本当にみんなが上手くなる。ライバル心というだけではない気がする。何かとってもポジテイブなエネルギーが働いて、それがみんなに作用してマジックを起こすのだ。
朝から見ていて一人残らず全員がものすごく上達した。最後の方はみんな力尽きて疲れてきたのだろう、クラッシュが多かったけれど、みんな何かつかんだ実感があったと思う。少なくともビーチで観察していた私にはすごく明らかだった。
朝から夜までずっと一緒に過ごしたことで一気にみんなの距離が縮まり、夜のバーベキューはいろんな話に盛り上がった。
明日も朝10時集合、今日プッシュしたことをさらにイメージを明確にしてがんばって欲しいな。
ローカル側のオーガナイズをしたアクションスポーツのデイブ(常に安全面に気を配ってくれていた)とスージー(クリニックにも参加して果敢にレイリーにトライ)、本当にありがとう、そしてご苦労様。そしてクリステインと今日後半から駆けつけてくれたゴージから来たターニャ、ボランテイアで一日中みんなの写真を撮ってくれたニールと奥さん、みんなお疲れ様でした、明日も今日みたいにいい風が吹いてくれますように!

4月9日 KBfor Girls カイトクリニック

クリステインのクリニック初日。今日は午後から集まり、イントロダクション、そして安全面でのブリーフィングなどが行われた。その後参加者に乗ってもらってどんなかんじか様子を見るはずだったのだが残念ながら雨とともに風も落ちてしまった。
参加者総勢19人、私がカイトキャンプをするときはせいぜい一人3人くらいしか見る余裕がなかったけど、クリステインはその人数をある程度まとめてしまうようだ、どんな風にやるのかとても興味あり、でもさすがワールドチャンプだし、人をまとめるのも慣れている。
そしてマウイにこんなにレデイースカイトボーダーがいたのか、とびっくりするほどみんなやる気満々で楽しそう。自分の体調があまりよくなくてカイト出来ないのが残念だが、できるだけヘルプできるようがんばりたい。安全面でのブリーフィングは私にとってもとても参考になった、セルフレスキューの際のちょっとしたキーポイントで簡単に出来る方法、そしてカイトのでパワーの仕方やラインの巻き方なども私がやっていたのはすでにオールドスタイルだったようだ。いい勉強になった。

2010-04-08

4月8日 Southbound

昨日あまりにうれしそうにサウスから帰ってきたアンドリューをも見て、体調がよくなってきた私もどうしても行きたくなった、とりあえず言って波乗りが無理ならビーチで休んでいればいいさ、と朝は5時から目が覚めた。楽しみがあるのいくらでも早起きができる。が、やはり腰の調子もよくなく、アンドリューがおきてくるのを待ってもう一人の友人マリーと3人で一台の車に乗っていく。
言ってみるとかなり波は小さいけれど風がないので気持ち良さそう、っていうかずっと家の中で寝ていたので外の空気をすえただけでも気持ちいい。アンドリューが気を使って重いものをすべて運んでくれたのでちょっとだけ海に漕ぎに出ることにした。
波はなかったけど体もさすがに弱ってるのでパドル力も全然ないし、普段絶対落ちないようなところで落ちたり、板によじ登るのがしんどかったり、ほんとに力が落ちていることを実感。ここは無理して又体調壊さないように少しだけ残り物を乗るくらいにして終了。明日から友人クリステインが主催するカイトボードクリニックが始まる。今朝オーストラリアからやってきたので会ってミーテイング。
頼まれたはいいけど、腰は悪いし病みあがりだしとカイトは多分出来ないし、役に立てるのかわからないが、できるだけのことはしてあげたいと思う。参加者は今のところ19人、それだけの女の子が集まれば結構盛り上がるだろう。風もいい感じに吹きそうな予報。いいイベントになりますように。

4月7日 夏の兆し?

回復し始めると結構急激によくなっていくものだ。今日は自分で起き上がって食事を作ることすら出来た。食欲はないが吐き気を催すほど食べるのが苦痛なことはまったくなくなったし、コーヒーも飲みたくなってきた。(これが一番はっきりわかるあたしのバロメーター、具合が悪くなるとコーヒーが飲めないが、健康なときは朝これがないとはじまらない)

風が弱まり、サウスは小さいながらも楽しめる波があるようで、アンドリューもいそいそと朝からご出勤。夕方まで帰らず(3ラウンドもやったらしい)私に気を使って「そんな良くなかったよ、せいぜい腹サイズ、スタンドアップだから乗れるようなモンだよ、でも久しぶりだからまあ楽しかったけどグラッシーでもないし」というのだが、話を聞くと普段集まるサーファー連中がほとんどいたみたいだし、みんなニコニコの様子だったようだし、結構良かったのでは。笑えたのはその後疲れきってカウチに座り込み、何をするかと思ったらサーフムービー(それもロングボードのメローで自分がイメージできるようなもの)をジーと見ながらニヤニヤしているのだ。
しょうがないやつだと思いながらも、下手でも上手くてもサーファーはみんなサーファーで、いったんこの病にかかったら直しようがないのだな、と笑ってしまった。

4月6日 Surf is where you find it


初めて薬を飲まずに一日過ごせた!気分も上々、ベッドの上でだけど仕事も進む。
サウスサイドは風もなく気持ちのいい一日らしい。私より回復力のあ るアンドリューはリーシュを放たれた犬のように勢い良く尻尾を振って朝から出て行った。考えてみたらマーシャルに行く前から波乗りができるような風のない 海はあまりなかったし、その前はワイオミングでスノーカイトをしていたので彼もサーフィンはほんとに久しぶりだろう。

ああ、私も海に入りたい、太陽を浴びたい、外の空気を思い切り吸いたい!
Soon soon..

ところで、念願のという言葉では伝えきれないくらい心待ちにしていたジェリーさんの本の日本語版は再び発売されるようになった。事情がありパタゴニアから出版されたオリジナルと同じ形をパタゴニアにもかかわってもらう形で出版されたようだ。本当によかったよかった。
この本はタイムレスで楽しめる。今読んでも、30年後に呼んでもきっと意味のある、そして読んだ人それぞれが何か響くものを得ることができるストーリー集だと思う。

ジェ リーさんは60歳を過ぎて今まで以上に勢いが増したと思わせるほどエネルギッシュに動いている。本当にスタンドアップパドルに夢中でモロカイ海峡横断レー スもフィニッシュしちゃったし、オレゴンの巨大な波の中(それもあの寒い海に!)一人きりで出て行ってチャレンジしたり、パイプラインマスターズですばら しいロペススタイルのライデイングが健在なところを大勢の観客の前で示したり、参加人数も賞金額も一番のバトルオブザパドルはジェリーさんの名前が冠に なってるくらいだ。
どんなスポーツのトッププロでも手腕の編集者でも彼を前にするとグルーピーの女の子みたいに憧れの目になってしまい、「ジェ リーさんと話しちゃった!」なんてうれしそうにしているくらいなのに、当の本人はそんななか完全な自然体で誰の前でも謙虚で、好きなことをするときは夢中 になって少年みたいでもある。すごい人だと思う。
前置きが長くなってしまったが、(書こうと思えば一冊分くらい書けるので)「Surf is where you find it」
と しておととしの秋に出版されたまま、半年もたたないうちに初版が売り切れ再版を待っていた本が新たにタイトルを英語版のままにして出版されたので、買えず にいた方、ぜひこの機会にお買い上げください。本にはいっているいくつもの彼のサーフストーリーは一気に読んでも、旅にもって行って読んでも、寝る前にど れかひとつの章を気分で選びながら読んでも楽しめるし、そのたびに何か自分がはっとするような気づきを与えてくれるような言葉や文章に出会えるはず。いろ んな人が読んでどう感じるのか、そしてドノ話がすきなのか、などすごく気になるし、そんな話を誰かとできる日があるといいなあ。
私ももう一回読み直そうと思う。

4月5日 暗黒の地獄からやっと脱出

1日にこの日記を書いた後すぐ寝込み、そのまま一気にダウンした。ここのところ体調が悪かったから体が弱くなっていて菌が入りやすかったのかもしれないが、完全にノックアウト状態。2時間くらいのサイクルでまずとてつもない悪寒。マウイなのに、アラスカに持っていく寝袋に包まり長袖ウールの下着にフリースとパジャマパンツをはいているのにまだ寒くて体をさするほど、体がガクガク震え最悪のときは震えがひどくなりすぎてひきつけを起こしそうだったし、首の後ろ辺りの筋肉が突っ張った感じになりそのまま血管が爆発するんじゃないかと思ったほど。そして高熱、もともと低体温の私は7度くらいになるだけでしんどいのに寝ていても体が浮かんだようになったり空中回転したり、体は熱いのにそれでも寝袋の中にもぐりこみひーひーぜいぜい。そして今度は雨のような汗。汗をかくと熱がすこしおちて楽になるのか少しうとうとするのだが、おきると必ず体中びちゃびちゃ、いやでも着替えなくてはならないほど。そしてしばらくすると又悪寒が始まる振り出しに戻る、それを2時間くらいのペースで繰り返し、高熱のときの汗をかいてるときでもやはりなんか悪寒はとまらず常に厚着で、からだじゅうがずっきんずっきん。本気で誰か助けてーと泣きたいくらいつらかった。案なのは久しぶりだ。

アンドリューがまずかかって「これはきついから移らないように気をつけろ「といってはいたけど彼自身はご飯も食べていたし、夜は(夜は彼も苦しんでいたらしい)どうしていたかみていなかったのでまあ、それほどひどいことではないのかなと甘く見ていたが、ひ弱な私はこのインフルエンザの攻撃に完全に打ちのめされ、逃げ場がないのに寝袋の中に隠れこみ、何とかこの地獄から抜け出させて欲しいと祈っていた。

最初の二日間が一番きつく2日目の後半肺もただれたせいか薬も食べ物もまったくとる気になれず。無理やり何とか何か口に入れ、その後胃薬と風邪薬を飲んで何とかしのいでいた。3日目からは熱が少し収まったが今度は体中が痛い、内臓も間接も痛くて頭もいたい。結局4日目になってやっと少しねながら本でも開く気になったり、少し起き上がっては自分で水を取りに行ったりすることも出来るようになり、5日目はうなされている時間とおきて寝ている時間が同じくらいになり、本も結構読め、6日の今日はぐっと良くなり、薬も一度しか飲んでいないし、自分で起き上がって食べるものを作ったり子の数日で汗まみれになった山のような洗濯物(すべて洗ってなかったわけではなく、何度も洗ってもらっては使いまわしていたが)などをやることが出来た。

人間というのはほんとに不思議。体の治癒力は宇宙より不思議なことだらけ、こんなに細かく、そして上手く出来ているものがたくさん存在するこの世界に神なるもの(人の形をしているとは言わないが)がないわけがない、と思う。昨日まではほんとにトイレまであるくのもつらかったのに、よくなり始めたかな、と思ったらもう洗濯物や腰のリハビリ運動が出来るようになったのだからすごい。

この日記を書き始めてから一日もかかしたことがなかったけれど(書けなかった日の分はあとで書き足していた)1日から6日間の私は、うめいて苦しむ以外何もしていないので空白、あるいは暗黒の闇にしたままにしておこうと思う。でも実はいろんなこと夢あるいは朦朧とした頭の中で考えていたけど。

すこし元気になったときに「そういえばもう一冊だけ読んでないもらった本がどっかにあるはずだ」と探してみたらなんとタイトルが「臨死体験」だった!笑ってしまった。予想とはちょっと違う内容で個人的には楽しく読めた。私自身は死ぬことに関してまったく恐怖心もない(死ぬまでの過程は恐いけど)。自分勝手な考えかもしれないが出来るだけやりたいことをやってきているし、いつ死んでも「最高の人生だった!ありがとう」と思えると思う(今のところは)。
生きることの方がよっぽど大変でつらいことも多いし、努力が必要なときがあると思うし、死よりも不思議と魔法に満ちている気がする。

4月1日 インフルエンザ

数日前に突然めったなことでダウンしないアンドリューが熱を出して寝込んだ。「これはそんじょそこらの風邪じゃない」と弱気なことを言うので私も移らない ように遠くに離れていたつもりだけれど一つ屋根の下で暮らしているので移ってしまったようだ。昨日の夜寒気と体の節々が痛くなり、案の定ダウン、昨年の夏 にダウンしたときもらって効いたパブロンゴールドをのみ、休んだけど、効かず、朝から完全に調子が悪い。

もらってしまったものはしょうがないので直るまで寝てるしかない。ふう。4月1日といえば日本では一年を仕切りなおすスタートの日だというのに、このざまだ。

3月31日 暴風続く

今日も朝からごうごうという風の音。波はサイズダウンしたようだがそれでもじゅうぶんある。ところがやはり完全に直ってないのに昨日カイトしたのがあまり よくなかったようなのでここはじっくり直さなくては、と数日リハビリ運動以外はやらずにお医者さんに通って直してしまおうときめた。

去年の夏からひどいものから軽いものを含めたら4,5回ギクっとやっているのだ、癖になってしまったらほんとに何も出来なくなってしまうかもしれない。

今日は昨日よりさらに強い風のような気もする。インターネットでもカナハでブロー56ノットを記録していたしマウイのどこかでは60ノット以上が吹いたとか?
おかげでバキバキ家の回りの木の枝が折れ、しまいには通りの向こうの電信柱が倒れて停電数時間。

でもそのおかげでコンピューターを離れて気分転換ができた。
マー シャルでは限られて食材をうまく使って作る料理をヨットのオーナー、ソフィーが実践してくれとても勉強になったが、帰ってきてから私も今まで以上に家で育っ ているもの、近くでとれるものを出来る限り利用して無駄にしないよう使っておいしくヘルシーな料理を作ることに大いなる喜びを感じている。

3月30日 Big wind, Big waves

昨日すでにかなりの風が吹いていたけれど今朝起きてみるとさらに風は強そう。波は予報どおり上がって、カナハでも十分なサイズがある。何人かがスプレックスに行こうと誘ってくれたが、ぎっくり腰もまだしっかり治ってないし、帰ってきたばかりだし、びびりながら乗るより楽しんで余裕のあるライデイングがしたかったのでカナハへ。途中フキパをみたけど完全にクローズアウト、その上風が強く波頭がブワーッと白く泡のように吹き飛んでいた。
カナハもすでに砂がものすごい勢いで飛んでいてビーチに立っているのもつらいくらい。この風で乗るのも久しぶり、でも4mを持っている私はガステイーでない限り、風の強さはそれほど問題ではないし、早めに来た成果、風が強すぎるのか、いつもほどロウアーズが混んでいなかった。最初の一時間はほんとに一本の波に一人ずつ乗れて、こんなすいてるロウアーカナハを経験したの何年ぶりだっただろうと本当にうれしかった。風が強くて波のフェースがバンピーになりはしたけど、サイズがあるので結構エキサイテイング出し、恐ろしい中スプレックスで出なくて良かったーとしみじみ思いながら思い切り楽しんだ。何度か強い風の中波を越えるときに腰に負担を感じたので1時間ちょっとで無理しないうちに終了、そのころには結構混んできていたので丁度良かったかも。
後で風を調べたら丁度私が上がったころの強さは平均35ノット、強いときは45ノット近くを記録していた。マウイでは珍しい強さだ。

マーシャルでは心地よいライデイングというのはあまりなかった(いろんな意味で緊張感があったのでぴりぴりしていた)ので久しぶりに楽しいライデインぐをした!と言う感じ。
やっぱりMaui No Kaoiマウイほどコンスタントに波も風もそして気持ちのいい天気もあるところは本当に少ない。

帰り道レインズで二人のウインドサーファーが乗ってるのを見た。かなりオンショアでチャンネルから出て行くとレインズにいってしまい、そこで波に乗りながらバックサイドを攻めていた。クローズアウトの御前崎のようなコンデイション。良く見るとスタンドアップででている人も何人かいた。サーフレポートでは10-20ftと出ている今日の海、こんな中でもこうしてチャージでき、楽しんじゃえる人がたくさんいる、っていうこともマウイのすごい部分であるような気がする。

3月29日 Back to Maui

マーシャル諸島最終日、マジュロ環礁の端っこロウラまでドライブしながら夕方ホテルに戻ると飛行場までにシャトルが後20分で出発だという。私が勘違いして飛行機は夜の11時出発だと思っていたら7時半出発だったのだ。あわててパッキングを済ませてシャワーもろくろく浴びれないまま出発。

29日の夜マジュロを出発したのに日付変更線を越えたのでまた29日の朝2時にホノルル到着。猛一回29日のやり直しだ。
インターアイランド第一便で5時過ぎにマウイに帰ってきた。

朝5時にしてすでに風が吹いている。
マウイは私がいない間風も波もかなり良かったようだ。
とりあえずは家に戻って掃除、片付け、、より前にベッドだろう。
今晩から又波が上がりジョーズサイズになるらしい。風もかなり強そうだ。それにしても今年は一体難解巨大なうねりが来たことか、もう3月も終わりというのにまだ終わらない、カラマがブログ、もしもこれ(今年の冬)が夢なら、どうかもう少しだけ起こさないでくれ、と書いていたけど、彼もこんな冬は初めてといっていた。

ずっと書けずにいたマーシャル滞在中の日記もやっとこれでアップ終了。

3月28日 Waves in Majuro

やっと少し雨が弱くなってきた。明日から晴れ間が見える日もあるらしい、残念、明日の夜には出発なのに。あまりに引きこもりになっていたのでレンタカーを借りてドライブに行った。曇り、そして雨交じりの中だったけれど、気分が変わった。

マジュロもダウンタウンを離れればすばらしいところがたくさん。
そしてマジュロという国の中で一番標高が高い場所である橋(標高7m、マーシャルの平均標高はたった4m!)に行くと、今まで見たことないほどの波が立っていた。マジュロではここでサーフィンをしている人をたまに見かけるとは聞いていたが、ちゃんと乗れそうな波が割れているのを見たことはなかった。今日も乗れそうとは言わないが、(私には絶対無理)二人サーファーが入っていて、一人の人はかなりレベルの高い人だったと思う、ものすごい浅いリーフに波がぶつかるのでぼこっと盛り上がり、すぐ掘れてショルダーはあまりないのでライデイング自体は短い、でも彼はテイクオフの瞬間チューブみたいにして抜けたりしていた、あとできいたらインデイーズの船(メンタワイを有名にしたサーフトリップのチャーターボートで次なるメンタワイを狙ってマーシャルをこっそり探索中)のスタッフらしい。それで納得。ほかにも白人のグループが堤防に立ってみていたが一人は堤防の先にある柱まで行ってぶつかって砕ける波に向かってどれだけ我慢できるか、我慢比べのようなことをしていた、どうにも危ないときは堤防から海へ飛び込んでいたけどつるつる滑りそうだったし、あの勢いで堤防にぶつかったら大変なことになるだろうに、みんなこういうお馬鹿なことがすきなのだなあ、とあきれるような、納得するような。あまりに野菜が食べたくてレストランのサラダでは食べたりず、今日のデイナーはスーパーでレタスとドレッシングとトマトを買ってきて、それにテイクアウトでマグロとご飯をオーダーし、部屋で食べた。
マグロが気軽な値段で食べれるのもうれしいけど、食べたいだけ野菜が食べれてなんだか一気に幸せになれた。
ああー最後にスカーンと晴れてくれないかなあ。

3月27日 大嵐

大嵐も少しずつ弱まってきたとはいうものの、外はまだ太陽が差してくれないし、風も強い、ちょっと出かけると又雨が降ってきたり。なかなか天気は安定しない。ソフィーが誘ってくれたのでマーシャルのクラフト、アクセサリーを作っているローカル女性のところに遊びに行った。いろんなものを見せてもらった上に作り方も教えてもらった。良くお土産やさんで見る編みこんだネックレスやヘッドレイなどのほかに彼女のオリジナルのイアリングと腕輪のセットなど、本当に手間隙かかることがわかった。
マジュロで天気が悪いとほんとに出かけることも出来ないし、博物館も30分見ればすべて見尽くしてしまい。結局ほとんどの時間をレストランでコンピューターそれかホテルの部屋でごろごろすることで終わってしまう、なんだかもったいない。

とはいえあるのへの定期便もしばらくはこの嵐で欠航。かなりアバウトで危ないときでも出てしまう船なのに欠航だし、ちょっと前に船が外洋に出たところの潮の流れが強いところでひっくり返った事故もあったらしいのでもしでていたとしてもとても恐くて乗れないだろうな。
マーシャルはマグロ漁で有名。肉野菜類、そのほかのものはほとんど輸入なので実はレストランでもマグロが一番新鮮で安い。マジュロについてから毎日刺身かSeared (外側だけ味付けしてちょっとだけ火を通したもの)ばかり食べている。でも新鮮な野菜、自分の畑で取れる野菜が恋しくなってきた。

3月26日 BAck to Majuro from remote atolls

起きると大雨と強風でデッキに出るのもつらいくらい。すべてがびちゃびちゃだ。今日はアネモネ島からダウンタウンマジュロの港まで移動して私たちはヨットを降りてホテルに移動、ソフィーたちは何日かマジュロに停泊している間に壊れた部品を手に入れたり、メールやいろんな手続きを済ませ、又アネモネ島に戻り、次なる大きな航海、アリューシャンに向けての準備に本格的に取り掛かることになる。

大雨の中レインギアに身を包みハンドルを握っているデイデイエだが、ちょっと先までしか視界がきかないようだ。どこかアラスカの海でも航海しているかのような様子でハンドルを握っている。私たちはそんな彼を尻目に暖かくドライなキャビンでココナッツクッキーと暖かいお茶を手にしてなごんでいた。
マジュロに着いたはいいが、ものすごい雨風で外にでたとたんすべてがぬれてしまうし、ゴムボードを岸につけるにも一苦労なので雨足が弱くなるまでヨットの中で待機することにした。とはいえみんな猛待ちに出る準備をしていたのでやることもなく、くだらないおしゃべりをして待っていたが2時間まっても一向に雨が弱まらないので、意を決して荷物を積んで雨のなかゴムボートを出した。2度に分けて荷物を運び、ボードバッグも岸につくころにはぐっちょり濡れてさらに重みを増し。それを水溜りの中砂利道をずるずる引きずってホテルまで持っていった、ものすごい滑降でホテルに着いたが、それでもにこやかにチェックインさせてくれた。

びちゃびちゃの荷物を小さな部屋に運び込み、部屋も湿ってしまったが、久しぶりに足元がゆれない本物のベッド。そして髪を3度洗いした。ホテルのレストランで温かいコーヒーを飲みながらコンピューターを2週間ぶりに開くと、なんだかあまりに昨日までと違って現実離れしている感じだった。
外は大雨。ホテルというしっかりした屋根と乾いたきれいなシーツがちょっとうれしい私はやっぱり軟弱なのだろうか?


What an experience!詳しくは数日中にアップします。

2010-04-07

3月25日 アネモネ島到着

昨晩夜遅くアルノ干渉を横目で見ながらマジュロ環礁に戻ってきた。そして旅の出発点であったアネモネ島に到着、ここまで来れば大きなストームが来たとしても何とかなる。風がかなり強く吹いていたが船をためたところはしっかり島影になっていてほとんど風を感じなかった。あるのにいけなかったのは残念だがまだハワイに帰るまでには何日もあるのであるのまでは定期的に船も出ているのでいざとなったらその船に乗って向こうの宿に泊まって波に乗れる、とも思っていた。
朝おきるとストームが近づいている雰囲気で空は厚い雲に覆われていた。スタンドアップで島まで行き、そこから島と島の間の砂州。風上側のビーチなどをチェックしてカイトが出来そうなところを探す。そんなことをしていてもついつい私は貝に目がいってしまう。ほんとにマーシャルは貝好きには天国だ。
途中桟橋の方に歩いていくと小さな船でやってきていたローカルのおじさん二人と子供達が3人いた。3人の少女は桟橋から水の中にジャンプしようとしていたが、一人の元気な子はなれた様子で飛び込むのだが、猛一人の子は少し日びりがはいっていて一番小さな子は恐くて飛び込めず、できるだけ岸の知覚にいると恐くないとおもうのか、ほとんど水深がないところで飛び込もうとしていた。それを見て危ないと思ったアンドリューは3人を引っ張ってもっと沖のほうに連れて行き、そこで一緒に飛び込み、バックフリップなどを披露してガールズの気を引いていた。夕方近くから風が一気に上がり、夜になると大雨になった。予報で出ていたストームがやって来たに違いない。もっといろいろな島々に行きたかったのは確かだが、危険なストームが着た今、この安全なラグーンにいることをうれしく思い、デイデイエたちの正しい判断に感謝した。

3月24日 Another Storm接近

朝ソフィーが天気予報を無線で調べるのが日課になっているが、今日の予報でストームが近づき、風向きが変わることが判明、そうなると今いるところもあまり安全ではなくなる。今日ここを出発し、次の目的地であるアルノ環礁へと移動することになった。そうなると丸一日外洋を航海、そのうえメインセールが破れているので小さなセールとエンジンだけで航海しなければならないのでスピードも出ない。それでも帰れる距離だからいいというものだ。
アルノには2年前にすでに行ったことがあり、ここで極上の波を味わい、めちゃくちゃ楽しいサーフィンをした思い出がある。そのときと同じようなうねりが近づいているようなので私は又前回のような、あるいはさらに大きな波にめぐり合い、今度はスタンドアップサーフィンだけでなくカイトでもその波に乗りたいと思っていた。私がマーシャルに来る1週間前にプロウインドサーファーのキースやリーバイたちが私の勧めでこのアルノ環礁に2週間滞在し、めちゃくちゃいい波をスコアしたのだ。この様子はThe Windsurfing Movieで世界中に発信されるはずだ。見るのが取っても楽しみ。

というわけで私は船酔いしないように又酔い止めパッチをつけてドラッグ中毒者のように朦朧とした状態で役立たずの乗員隣、デッキのイスに横になってみんなが働いているのを見ながら寝ていた。でも今回は吐くこともなく一日過ごすことができた。ソフィーとデイデイエはストームが来たときにどこにいれば安全化など真剣に話し合っていた。北東の貿易風ならアルノでもマジュロでもある程度は安全だが、西風に振れるとアルノは隠れられるところがない。そのうえラグーンの中にはいるにはさらに丸一日航海しないといけないので、外洋のリーフに停泊することになる。
相談した結果、島影がもう見えるところまでいるのに、あるのに向かっていくと風が強くなったときに動きがとれず、危険なのでマジュロにそのまま戻ることになった。そのまままっすぐ行けばあるのにつきそうなところにいるのに、とっても残念だったが、安全第一だ。そしてデイデイエたちの判断が間違ってなかったことがあとで明らかになった。

3月23日 すばらしいシンプルライフ

昨日に引き続き風が収まってきている。が、予報によると又明日朝ってあたりから新しいストームが近づき、風も強くなるらしい。グラッシーとまでは行かないがスタンドアップパドルで風上にもいける程度の風だし、波乗りもしたいのだが、風がなくなったと思ったら波も落ちてしまった。次のストームとともに波も大きくなる予報だが、今のところは浅いリーフでしか割れていないので波乗りは無理。アンドリューは9mでもアンダーだったが無理やりカイト。ゴムボードで助けに来てもらえることに味を占めて平気で下っていってしまう。でも変なところでカイトを落としてゴムボートが来るまでそこに浮かんでいることを考えると私はサメが恐い。マウイでサメが恐いと思ったことなど一度もないのに(マウイにもサメがいることがわかっているし2回見たこともあるが)ここではほんとにたくさんいそうでそんな中にぷかぷか浮かんでいることを思うとパニックしそうだ。潜ったりする人はサメを見慣れているから平気なのだろう、自分の経験不足、知識不足からくる恐怖心ではあると思う。でも恐いものは恐い、そのうち船から飛び込んでシュノーケルすることすら恐くなってきた。それに比べてソフィーとデイデイエのタフさには感心しっぱなし。ソフィーの体力タフネスはすごい、毎日風が強くても無心で何時間もスタンドアップしているし、小さな波でも見つければ一人で何時間でもそれに乗って楽しんでいる。船にいるときは常に掃除したり、料理したり、おやつを焼いたり、それでも時間があるときはエクササイズしたり島まで渡ってランニングしたり、そしてヨットを走らせているときも力のいるロープを引っ張ったりセールを上げ下げする仕事をばりばりやってしまう。途中でアンドリューが交代したらあまりにハードでへばっていたくらいの力がいる仕事なのだ。それだけやってるから彼女の体はどんなジムで鍛えている女性よりもフィットで贅肉なんてまったくない。それでいてた日治安ダンスなどさせるふりひり腰を振って上手に踊り、この誰もいない海でも毎日3回くらいビキニを着替えておしゃれを楽しんでいるかわいらしい女性なのだ。デイデイエもロビンソウンクルーそーのようでどんなところでもどんなものでも直してしまうし、食料の収集(潜ったり釣りをしたり、木に登ったり、食べられる植物を見つけたり)をしっかりこなす。原始的であり、シンプルな人間らしい生活をしている二人だからこんなにタフで魅力的なのだろう。
二人が潜り抜けてきた危機一髪のエピソードなどを聞いていると一晩中話を聞いていても飽きないほど面白いし、そんな苦境の中でもヒューモアを忘れないことが生き残るための鍵であり、タフネスの祥子なのだな、と実感する。
今回の旅での一番の収穫はこの二人とさらに親しくなれたこと、それは確かだ。

3月22日 カイトレッスンとダウンウインドパドル

今日は風がほんの少し弱まり天気もよくなった。前回トレーナーカイトで教えたので今日は二人に実際に使うカイトを試してもらった。風が安定しないこともありなかなか難しかったが、ずるずる引きずられたり水に落ちたカイトをリランチしたりと四苦八苦しながらも大いに楽しんでくれたようだ。ソフィーもデイデイエも何でも試すチャレンジ精神旺盛で、ヨットで大海原を航海しているだけあって真のアスリート、又ちょっとしたことではパニックしない、とても教えやすかった。(といっても私は腰が痛いので横で見て口を出すだけだったが)
その後弱い風の中下ってしまうことを覚悟でアンドリューがカイト、下って行ってラグーンの浅瀬にカイトを落としたところでゴムボートで彼を拾いに行くシステムだ。夕方風が弱くなったのでアンドリューがマストの上まで上ってスタンドアップパドルを撮影。もともとクライミングの撮影が専門だった彼なので高いところに上っていくのは得意中の得意だろうが、あんな高いところで揺れる船の上にいたら私なんて気絶してしまいそうだ。
私の腰も少し良くなってきたので私とソフィーが二人で少し風上までパドルして行き、そこからヨットの周りをうろうろ漕いでいるところを彼がうえから景色を絡めて撮影した。久しぶりにパドルで漕いで海に入った気分は最高、ちょっと又腰が痛くなったのでその後安静にしていたが少しずつよくなってきたのがわかる、ああ、よかったよかった。

3月21日 島探検

腰が少しずつよくなっているものの、まだカイトはちょっと無理。みんなのヘルプも出来ないし、ただ食べて寝るだけの自分にちょっとストレスを感じているが仕方がない。
今日もそれぞれみんなカイトしたりスタンドアップをしたり、潜ったり、釣りをしたりして一日を過ごす。

午後久しぶりにゴムボートに乗ってヨットから脱出。今まで上陸していなかった小さな島を探検しに行った。この島のすぐ横にはかわいいやしの木が一本だけ生えた砂州の島もあり、どこかのコマーシャルにでてくるような風景。白い砂に限りなく透明な青い海水は光によっていろんな青色に変化する。上陸したとたん、あまりに珍しい貝がたくさん転がっているのでついつい腰を曲げて下を見てしまう私を見て、デイデイエとソフィーは四六時中私を見ては、腰曲げちゃだめ!と注意しなければならなかったほど。
本気で拾ったら博物館に展示するだけのきれいな貝がたくさんあっただろう。とりあえずマイルールとしては一回歩くにつき、手にに乗るだけの数しかとらないことにしているので、てんこ盛りに手に乗せた貝をこぼさないように注意した。この島も以前は人が住んでいた、あるいはある一定の時期人が来てすんでいるようだった。ほかの島よりちょっとだけ植物の種類が多く、ほかの島にはなかったブレッドフルーツやかぼちゃのつたなども見られ、ここに住んでいた人が植えたのは明らかだった。
小屋は掘っ立て小屋だが、ここにもやしの木に上るはしごがあり、私はこれは見晴台なのだろうか(人なんてめったにこないだろうけど)と思ったら、これは一種のアルコールを作るシステムでやしの木の中心にストローのようなものを刺し、はしごに登ってそこに座り、ちゅうちゅうとそのアルコールを吸うのだそうだ。つまりホームバーみたいなもの。寝る場所もろくにないけどお酒だけはしっかり飲める用になっている、なんだか笑ってしまった。
巨大なブレッドフルーツが熟れていたのでひとつ失敬。これでソフィーが又おいしい料理を作ってくれるはずだ。

3月20日 メインセール破れる!

のんびり朝を過ごしてからゆっくり強風の中をクルーズしていると、ソフィーの「Oh NO!」という声が聞こえたと同時にびりびりという音が。
ソフィーとデイデイエがあわてて動いている様子を腰が痛い私はデッキに寝転んだまま、何が起こったのか少し心配になりながら見ていた。なんとメインセールが何もしていないのにびりびり破れ始めたらしい。
いそいでセールを下ろしたけれど、二人はがっくりした様子、というのはメインセールは買うと120万するもので、まだ2年しか使っていないのだそうだ。彼らは荒れた海を航海するので普段は安全のために4年ごとにセールを変えているそうだが、普通のヨットだったら6年から8年は同じセールを使うらしい。メインセールがなければ遠くに航海にはいけない、いくら直してもセールの生地が弱くなっていたのではいつ別の部分が破れるかわからないし、この後マーシャル諸島からアラスカまで長い航海が待っているのに、このセールがなくては行くことも出来ない、かといって又新しいものを買うには100万以上かかる。
落ち込むのも当然だ。
私たちはいろいろ考えてセールを買った会社へ説明し、保証をしてもらえるよう懇願のメールを送ることになった。それにしても環礁で暖かい海に板から鋳物の、これがアラスカに行く途中で大嵐の中だったら本当に大変、ある意味不幸中の幸いだろう。

風は相変わらず強く、予報でもこの先何日か弱まったあと、又強くなるといっていた。北方面の島々に行きたいところだが、北はさらに強いらしく、ほかの船もあちこちで動きが取れなくなっているらしい。
小さなセールでゆっくりラグーンの中に戻り、安全なアンカーポイントに戻った。最初に止めていた場所だが、やはりここが一番風も波も避けることができ、そのうえたくさんの島に簡単にいけるのでとても便利。今日は数日前にデイデイエがとってきてくれたシャコガイを使ったカレー、フレシュココナッツミルクに歯ごたえのある貝の身、いくら食べてもやめられないほどおいしかった。そのうえシャコガイの身を撮った後貝殻をお皿にしてとってもおしゃれ、それに焼きたてココナッツとりんごのデザート。充実した食事は生活を豊かにしてくれる。ソフィーはあるものをうまく利用してすばらしい料理を作るマジシャン、たくさんいいアイデアを教わっている。

3月19日 場所移動

朝起きると相変わらずの強風。ミクロネシアの中でも風が強いということはしっていたし、ウインドサー
ファーにはマーシャルはすばらしいところだとわかってはいたがここまで吹くとは思わなかった!ノースウエストのうねりが来るという予報を無線でつかんだので場所を移動することになった。地図を見てミリ環礁の中でもノースウエストのうねりが回り込んでブレイクしそうな地形がいくつかあり、その地形はアルノやナムなどの環礁でいい波がブレイクするスポットとほとんど同じ形をしている。
パッセージを通って又外洋に出ることになるので、私は又船酔いするのではないかと緊張したが、腰も痛くてそれどころではない、痛み止めと酔い止めを両方使っているのでドラッグ漬けになったようなボーとした状態で寝ていた。
海は荒れてはいたがダウンウインドセーリングだったのでそれほどバンピーではなく酔い止めも効いてつらくはなかった。いくつかのスポットをチェックしたが潮のせいなのか、うねりがまだ届いてないのか波はなかった。風はどこに行っても強く吹いていた。初めて島の岸辺に人の姿を発見、浅瀬で魚を突いていた。子供達が大声を上げて手を振っているのも見えた。ミリ環礁のメインの島、ミリミリには家も数件見えた。いろいろチェックしてみたが残念ながら風をよけるいい波のスポットは見つからず、又船を止めるために風や波を避けることが出来るアンカーポイントもあまりなかった。一箇所アンカーを下ろしたものの潮が引き始めると流れが変わり、浅いリーフにヨットが乗り上げそうになり、あわててみんなでアンカーを上げ移動したほど。
結局風をよけられる美しい湾に停泊し、この日はそこで夜を過ごした。夕焼けの色はすばらしかった。

アンドリューはデイデイエに初めてのダイビングレッスンを受け、ソフィーはスタンドアップパドルで島まで行ってあちこち探検。私もビーチまで行って貝を探したいのは山々だったが動くのもしんどい状態で、とにかく腰は早く直さないと撮影も出来ないしみんなに迷惑をかけるので船室で横になっていた。船は常に揺れているのでただ立っているだけでもいつもバランスをとっていなくてはならずコンスタントに腰にストレスがかかっている。早く直りますように。

3月18日 ぎっくり腰?

昨日は緊張と疲れでぐったり、夜は雨が降ったりしたため窓があけられず船室がむしむしと暑く汗だくになって寝づらかった。朝、さあ起きようとベッドからだをもちあげたとき、「ぐき!」ぎっくり腰をやるときのいつもの感じが来た。それほどひどい痛みではなく、その後すぐ動けなくなっていないか、びくびくしながらゆっくり動かそうとするとまったく動けないようなひどい状況ではなかった、ホット一息、こんな中で去年のようにトイレにもいけない状態になったら大変だ。それでも腰の下の方に鈍痛があり、機敏に動けない。座っていると痛いし、あまり動けないので今日は大事をとってカイトはしないことにした。風が吹いているのにもったいないが仕方ない。
午前中はソフィーとデイデイエにカイトを教えたり、アンドリューはカイトを楽しんだり。だんだんと腰の痛みがひどくなってきて動くのが億劫になっていき、私は午後はベッドで安静に、3人はそれぞれ潜りに行ったりスタンドアップをしたり、島々を探検したり、果物を取ってきたりしていた。

それにしても海が健康だということはすごいことだ。サメだらけで、もぐってもすぐサメがいるらしいし(傷ついた魚を持っていないときは特にちかづいてくることもないらしい)ソフィーは浅瀬でスタンドアップを漕いでいたら、サメがごつんごつんとボードのボトムにぶつかってきて牽制してきたのでパドルであっち行け!とたたかなくてはならなかったそうだ、いくらリーフシャークとはいえかみつかれれば怪我をするだろう、恐いなあ。

3月17日 強風6mオーバー!

風は弱まることを知らないかのように夜も轟々と吹いている。無線ラジオで天気予報をチェックするソフィーは北にいたヨットがマストを折り、どうにもならない状態でいるニュースを入手。マジュロも北の方の島々もミリ以上の強風に襲われているらしい。小さいころから海を前にして育ち、ウインド、カイトなどかなり沖まで行くことも多い私だが、外洋での経験はほとんどなく、こういう荒れた海にぽつんと落とされたらどんなに心細いだろうといまさらながら自分のちっぽけさ、無力さを感じた。
そしてパタゴニア、南極、アラスカなど地球上でも最も荒れた(そのうえ凍りつくほど寒い)海を一年中航海しているSAUVAGEの二人と一緒にいるということで心からどんなことがあっても二人といれば大丈夫そうだという安心感があることに感謝した。30ノット吹いてもここはラグーンの中で水は温かく波もない。二人にとってはとってもリラックスした環境に違いない。
さて風が強いので今日こそはカイト。潮が引き始めるのを待っていざ砂州へ出動。デイデイエに万が一のときのレスキュー用に(そしてカメラマンの移動用に)ゴムボートも出してもらい準備を整えた。最初9mノマドをセッテイング。ラグーンの中で撮影。どんどん浅くなっていき、フィンが当たらないくらいの深さのところを探しながら走る感じ。どんどんオーバーになって行き、コントロールするのが難しくなってきたのでいったんカイトを下ろした。
前回マーシャルに来たときはどんなに吹いているときでも8mでいけそうなコンデイションだったので、今回もいらないだろうと7mを持ってこなかった。しかしこの旅に誘ってくれた御礼にソフィーとデイデイエにカイトレッスンをし、その後古いカイトをあげるつもりで6mを持ってきていたからラッキーだった。
その古い6mをはって今度は沖に見えるパッセージ、(島と島の間)を抜けて、島のはじに回り込むようにして割れている波に乗ることにした。パッセージエリアはサメが集まってるところだと聞いていたし、島影になって風がブランケットになっているところがはっきりわかるほどだったので正直言ってかなり緊張していた。海全体が白くなるほどの白波だったのでとにかくスピードを出してブランケットを何とか通り杉並までたどり着けばそこからはインサイドに入りすぎなければ風はいやというほど吹いていた。
6mでフルパワーの状態でまずひとつの島影をやり過ごし、パッセージに近づいた、このまま問題なくいけるかな、と思った瞬間風が弱くなり、やばい、と思ったときに自分の目と鼻の先に黒いフィンが見えた。一瞬からだが凍りつく感覚があったけれど、二つのフィンが一緒に見えた。「ああ!サメじゃなくてイルカだ!」
イルカがいるところにはさめはいないはず、そのときの安心感といったら!
波のところまでたどりついて過ごしずつ奥へ奥へと近づいていった。どれだけ浅いかわからなかったし浅いところで巻かれたらぎざぎざの珊瑚の森を引きずられ、大変なことになるからとにかく会とを落とさないよう、波に巻かれないよう安全なライデイングしかできない。そういう意味で一人だし、初めてのところで乗るときは100%ではなく50から60%くらいのパフォーマンスしか出来ない、が、そういうのを判断力として実力のひとつでもあるのだろう。先週ウインドサーファーたちが映画の撮影できたいたときは、みんなかなりプッシュして板を壊したり怪我をしたり、ドライリーフに乗り上げたりといろいろあったようだ。
が、私は大事な撮影があるわけでもないしとにかく安全にいく、それでも実力がない分危険なのだから。
波はセットで頭くらい、波質はいいがなんせ6mでオーバーのコンデイション、そしてサイドショア。楽しかったけれどもうちょっと大きければもう少し深いところで割れるのでロングライドが出来たかもしれないなあ、と思う。岸からカメラを構えていてくれていたアンドリューは300mのレンズしかもっていなかったので私の姿はほとんど点に用になってしまい、それに波もそれほど大きくないのでいまいちだったらしい。間できるだけのことはやったのでよしとしよう。
又風がブランケットになっているところをひやひやしながら通り抜け、オーバーでパンパンのセールでなんとか砂州に戻ってきた。足が着くエリアでゴムボートが戻ってくるのを待ちながら言ったり来たりしていたとき何か黒い影が見えたのでエイかなと思っていたら、後でみんなが私の周りをサメがうろうろしていたと聞かせてくれた。それも足が着くような浅瀬まで来ていた、と。サメは自分の領域にはいってくるものを警戒したり脅かしたりして自分のテリトリーを守るものらしい。後で聞いてびびったけどとりあえずは無事終了。その後ソフィーとデイデイエに練習用カイトでかいとの操作を教えたりしてからボートに戻って遅いランチ。そのころには私は日焼けとハーネスずれと緊張が取れたのとで、ぐったりつかれきっていた。初めての場所で、自分の判断だけで安全にカイトするのは思いのほか神経を使うものだ。

午後はボーイズは素潜りで魚を捉まえにいった。巨大なシャコガイ(私だったら改定から持ち上げることすら出来ないのではないかと思うほどの大きさ)と何匹ものスキップジャックが収穫。魚をとったらまっすぐボートに戻るのが鉄則らしい、何しろ肴をついて1分もしないうちに必ずサメが近づいてくるらしい。でボートに乗って又ポイント移動してもぐって魚を突くのだが、私にはとてもサメが近くに来るとわかってるような行為をする勇気はないなあ。

3月16日 ロケハン

少し晴れ間も出てきた今日、風は相変わらず。私の体調は強い薬を使ったせいか、それとも慣れない船での生活のせいかいまいちで体が思い。それでもまずハカイとできそうなところや波のチェックに近くの島々を探検に行った。波は風が強いために面が荒れてはいたがまあそこそこのサイズが割れている、反対に初めてのところだし浅いことは確実なのであまりに大きいと恐いのでちょうどいい。どの島も歩いてまわれるくらいの小さな島なので島を一周して楽しむ。その間にも信じられないくらいの貝殻がたくさんあり、私はそっちにばかり目がいってしまい腰をかがめて貝やきれいな珊瑚のかけらを拾っていた。これらの島には人が住んでいないようで、貝を拾う人もいないだろうし、周りの珊瑚はものすごいので、ビーチコーミングロケーションとしては世界中でもベストかもしれない。手に抱えられるだけしかとらない、と決め最後の方は下を出来るだけ見ないようにしてあるいていた。
浅瀬にもうつぼやブラックチップシャークがいたり、真っ青な色をした大きな魚の大群がいたり、生きている海というのを実感させられる。
その後いったん船まで戻り、ランチブレイク、朝、昼、晩とすべてソフィーがおいしい料理を作ってくれるのだが、船での生活は限られた食料を以下にうまく利用するかが鍵。ソフィーは島のどこでも手に入るココナッツを毎食うまく利用していろんな物を作ってくれる、そして彼女の手作り焼きたてのパンも最高。
写真はココナッツのみを削っているソフィー、この削ったココナッツで作るココナッツクッキー、ココナッツマカルーンは旅の間中おいしすぎて手が伸びてしまう危険なおやつだった。

風は相変わらず強く、午後カイトの予定だったのだが潮が満ちてきて砂州がなくなったので、別の島を探検。こちらには長い間誰も住んでいない様子の小屋(といえるかどうかわからないが屋根のあるもの)があった。そして背の低いやしの木にはしごがかかったもの、又いくつかの植えたらしいパパイヤ、ライムなどの木もあった。ココナッツのからが山のようになっていることからおそらくコプラを取りにたまにやってくるか、あるいは以前はコプラを取りながらここで生活していたに違いない。島の幅はおそらく20mくらい土はほとんどないような珊瑚の島。ここで暮らすのは本当にハードだろう、でも横にいたアンドリューは、いいなあ、ここ、とごつごつの地面にマットレスもない家も魅力的に見えるようだ。
夕食はデイデイエがもぐって捕ってきた魚とフレッシュなココナッツミルク、それに島で捕ってきたライムでプワソンクルー(タヒチ風サヴィチェ、日本で言うたたきのような物)という豪勢なメニュー。これは私の大好物でもある。




3月15日 ストーミーな中到着


昨晩は一晩中航海を続け、デイデイエはほとんど寝ずに舵を取っていた。そんな中私は私は外洋に出て1時間くらいでだんだん具合が悪くなり、暗くなったころ、とうとう吐き気を催し、あわてて船のヘリに掛けていってゲーとやる。それを見ていたデイデイエとアンドリューがかけつけて、このくらい中、それもヨットでの公開中にヘリから乗り出して万が一船から落ちたら見つけられないし、助かりにくいのだからと、お叱りを受けた、そして船室に入ってベッドで休み、リラックスして眠るように努力しろという。そんなこといわれてもゆれる船室に入るなんて考えるだけでさらに気持ち悪くなりそうだったが、仕方ないので覚悟をきめて船室へ。バケツを持ってきてもらい、ここでも何度がゲー。普段吐くことはめったになく悪いものを食べてもどちらかというとしたから出るタイプなので吐くのはほんとにつらい、そのうち胃の中身がなくなり喉の辺りでゲーゲー言うだけで何もでてこなくなった。宵止めの薬はいろいろもって来ていて、手につけるバンドまでしていたが、最後の手段としてお医者さんから処方箋の耳の裏に張るパッチがあり、それはまだ張っていなかったので、はいずるようにしてそれをとりにいき、必死の思い出耳の裏に張った。1時間もすると吐き気がなくなり、楽になった。風の通らない(航海中は船全体が荒れた海を進むので塩水がばしゃばしゃかかり窓は空けられない)部屋で汗だくになりながら気がつくと寝ていたようで、その後は吐くこともなかった。

つらい夜が終わり、アンドリューが起こしに来た。朦朧とした状態で外にでると、丁度ミリ環礁に着いたところで外洋から干渉の中にはいるためにパッセージを探しているところだった。風は相変わらず強く雨交じり。それでも島と島の間にはいい波が立つ場所が多いのでチェック。風が強すぎてよくわからなかったが波はかなり大きそうだった。ラグーンに入るとかなり船のゆれは収まり、曇り空と強風の中でも青い海がミステリアスに輝いていた。

しばらくの間いろいろチェックした後、はいってきたのとは別のパッセージのすぐわき、ラグーンの中の小さなかわいらしい小島があるところを発見、そこにまずは碇を下ろした。私はまだ酔い止めのパッチの薬が強力なせいでボーっとしていたが、やっとあの荒れた航海が終わったことに感謝しながらとりあえずその小島の探検へ。風は十分に強かったが雨交じりの天気。雨の日は風が安定しないことが多いので心配ではあったがとりあえず道具だけ砂州まで持っていってみることにした。
わざわざゴムボートを出す距離でもないので、アンドリューは泳いでボードを運び、私はスタンドアップでカイトやギアを運んだ。結構向かい風が吹いているので思ったよりハード、それでも無事にさすまでたどり着いた。まずアンドリューがセッテイング、9mで出て行ったが、出ようとしたとたん島影のブランケットでカイトが落ち、あわてて泳いで帰ってきた。次に今度は島の反対側(砂のたまった浅い部分を走りながら沖まで行き島を回り込むようにして風上に出る)へいこうとしたが、なぜかハーネスループが外れたらしくカイトを落としてしまう。
そうこうしているうちに雨が強くなり、何も見えなくくらいになってきた。その潮が満ちてきて砂州が隠れ始めたのでこの日は終了。その間デイデイエとソフィーは島の中を探検、彼らいわく、ここはほかの離島より植物が多いので、きっと雨もおおいのではない、とのこと。
船に戻ると風はさらに強くなり、ラグーンのなかにいるにもかかわらず船はかなり揺れていた。
無線で聞くとここは25ノットほどだが来た方面の島々はさらに荒れていて35ノットほどの風が吹いているらしい、こちらに来たのは正解だったようだ。雨は降っていても海のきれいさはよくわかる。これで太陽が顔を出したらものすごい色になるだろう。楽しみ!

3月14日 帆に風をはらみ出発!

夜明けとともに目覚め、スタンドアップで散歩に出かける。風は吹いているのだが、船が停泊しているところは島影になっていてグラッシー、島を抜けるとビュービュー風が吹いていてカイトも出来そうなくらい。反対に島と島の間は流れも強く風も吹いてて流されないようにあわてて風のないところに逃げ込まなくてはならないほど。マジュロのサンゴ礁はほかの離島よりはやはり開発や人口が多いことから減ってきていると効くけどそれでもボードのしたの世界はこんな感じ、シュノーケルしなくても楽しめるほどだ。アネモネに住んでいる子供達が岸にいたので声を掛けると最初は恥ずかしがってまったく近づいてこなかったのだが、(マーシャル人はまったくすれたところがなく大人もかなり恥ずかしがりや、見かけはちょっと強面なのだが挨拶すると恥ずかしそうににこっと笑ってくれる、とてもいい人たちばかり)それでも何度も誘っているうちにスタンドアップの板に近づいてきた、乗ってるうちになれてきて大喜びしてくれた。子供はどこへ行っても無邪気でかわいい。
私たちがこのあたりで遊んだり、カイトできるロケーションをチェックしたりしている間にDidieはこれからの航海に向けての最終準備と点検。夕方暗くなる前に環礁のPassage(切れ目、流れがきつく危険も多い箇所)を抜け、離島へと向かうことになった。
最初は北にある島に向かう予定だったが、天気予報でストームが近づいているらしく、風向きなどの都合でまずは南に向かい、その後様子をみて移動することになった。向かう先はミリ環礁、ここは前回とても行きたかった場所で当時村長さんだった日系人の水谷さんという方が戦時中のとても興味深い話をしてくださった。環礁の出るためのパッセージに着くとすでに船がグラングランに揺れ始めた。さあ、友子、船酔いに耐えられるだろうか?

3月13日 マジュロ到着!

5時間ほどでホノルルからマジュロ到着、かなり気軽に行ける距離なのだが、あまり行く人がいないのはコンチネンタルが独占路線のためにチケットの値段を高くしているからだろう。本当に残念なことだ、LAより近いのにチケットは3倍くらいする。到着するとそこはもう13日。小さな国にやってきたなあと感じさせてくれる飛行場のゲートをくぐり、(マウイも最初に行ったときはこんな感じで、金網が回りにあるだけの飛行場だった)荷物を持ってホテルのシャトルに乗せてもらってダウンタウンまで。ホテルに泊まらないのに載せてくれるだろうか心配だったが、後半泊まるのならと快く大荷物を乗せてくれた。
ホテルから波止場までは目と鼻の先、大荷物をずるずる引きずって行き、無線でソフィーとコンタクトを取るとすぐにゴムボートで迎えに来てくれた。船の上でおいしいランチをごちそうしてくれああと、早速マジュロ環礁の端っこにあるアネモネ島へ移動。町から離れ一気にプライベート感が増す。とはいえこの島はマジュロのローカルやマジュロを訪れるツーリストが小さな船で遊びに来る公園のような存在の島(マーシャルではすべての島が個人所有で、勝手にあちこち入ることは出来ない)なので島には何人かのグループがシュノーケリングや泳いでいるのが見える。又マーシャルに停泊しているヨット人たちもマジュロの喧騒から離れてこちらで生活している人が何人かいるようだ。ソフィーたちも普段チャーターの仕事がないときはここで生活しながら船の整備に大忙しらしい。ここなら人も少ないし、部品や足りないものがあったらすぐマジュロにいけるので便利なのだ。
早速スタンドアップを出してきて回りを探検。ソフィーはスタンドアップに夢中で毎日時間さえあれば何時間も漕いでいるようだ。ヨットでの生活にスタンドアップは本当に便利、このおかげで毎回ゴムボートを出すことなく出かけることが出来るし、最高のエクササイズ。鍛え上げられた彼女の体はヨットの操作(ものすごい力と俊敏な動きが要求されることが見ているうちによくわかった)とスタンドアップの賜物に違いない。

ちょと漕いでいくと第2次世界大戦の名残、ゼロ戦が岸近くに沈んでいるのを見つけた。まだ形がしっかり残っていてコックピットもウイングもよくわかる。当時日本の統治にあったマーシャルではものすごい激戦が繰り広げられ、多くの悲しい歴史が残っている。日本からこんなに離れた、熱帯の小さな島々で若い命を落としたたくさんの兵士の人たちのことを考え、そして彼らの家族の気持ちを思わずにはいられなかった。今でも年に数回はここで命を落とした人の家族が訪れるツアーもあるらしい。

ゆるゆるとゆれる船の動きに体を合わせながら幸せな眠りに着く、このくらいのゆれなら船酔いも大丈夫そうだ。

3月12日 HONOLULU→MAJURO

マウイから最終便でホノルルに飛び、朝6時出発のマジュロ行きの便まで飛行場で寝ながら待った。予想以上に寒くてジャケットのほかにもスカートの下にタイツをはいたり靴下はいたりして、着込めるだけ着込んだにもかかわらず、雨交じりの強風が吹きぬける空港のコンクリートにパレオをかぶっただけでは寒くてなかなか眠れず。そんな横でジャケット一枚で浜に上がった鯨のようにいびきをかいて寝ているアンドリューはさすが吹雪の中何日も生活したり、ビッグウオールの絶壁で雨風に打たれながら岩を登るのが好きなだけある、細かいことは気にならないようだ。

2時ごろから少しずつ人が集まってくるが、みんな黒くてミクロネシア、メラネシア系の人ばかり。女性はひざ下丈のスカートをはいている人ばかり。そう、マーシャルでもそうだがキリスト教のミッショナリーが入ったときに肌を見せないように、と現地民に強制したことが残っていて、今でもぶかぶかのひさしただけのナイロンドレスをみんな着ている。今回はそれを知ってるので人前では袖つき、ひざ下まで隠れるぶかぶかの服を用意してきた。6時に出発そして5時間して到着するともうそこは日付変更線を越えた場所で13日になっていることだろう。

いい風と波が待っていますように。