この文章を書いたのは2021年かな? 下書きのまんまになっていたけれど、ちょうどバラクーダが生まれる直前くらいの時期に書いたもの。それまでは5”2とか5’六のジミーの板でダウンしようとしていてバラクーダのプロトタイプを試したらこれで世界が変わって、乗れるようになり始めた頃に記録として描いておいたもの。
My foiling journey
気がついたらコロナが始まってからずっと書いていなかったこのブログ、でも記録として残しておきたいこともいくつかあるのでまた復活しようと思う。目標月一回書くこと。書くべき内容、書いておきたい出来事や人の話などはいくらでもある、だから自分に喝を入れて書いていこうと思う。
さて、前置きはこれくらいにして忘れないうちに書いておきたいこと、自分のフォイルジャーニー。フォイル自体が出てきたのは実は90年代、実は一番初めにストラップとの連中が初めてトライした日に私はたまたま居合わせてマーラエアでトライしているのを見ていた。それが94年のこと。その話はまたいつか書くとして、その頃のフォイルはアルミでできていて党員でないとできなくてスノーボードブーツがついていて当時はやっていたクリッカーというクイックリリースで板が外れたとしてもスノーボードブーツ履いたまま泳がなくてはならなかったり、ワイプアウトしたら死んでしまいそうな感じ。当院すら自分には早いと思ってやってみたことなかった私には全く縁のないものだった。
それがここまで一般的になったきっかけは、アレックス・アグレラとカイ・レニー。
アレックスはウインドサーフィン初期の頃からのパイオニアであり、その後当院もしてはいたけどカイトサーフィンにかなり熱心になり、特にレーシングではツアーを回ったり、板を作ったりしていた。そんな中でカイトサーフィンのレーシングがフォイルをつけたものへと移行し始め、彼もレース用のカイトフォイルのR&Dに力を入れワールドチャンピオンや自分自身のフォイルを作っていた。
小さい頃からレアードやデイブカラマを見て育ち、いつかはレアードのようにいろんな新しい海のスポーツを発明する人になりたいと9歳の頃にすでに夢を持っていたカイレニー、その後すくすくと育ち、15歳でジョーズを経験、その後もサップサーフィン、サップレース、ウインド、カイト、ストラップサーフィン、トウイン、とにかくなんでも世界レベルを目指して誰よりも練習し、誰よりも楽しんでいたが、たくさんのことをやってるだけあってそこから生まれるアイデアも多い。カイトサーフィンのフォイルをサップボードにつけたらどうだろう?ということでアレックスに相談し、当時スポンサーだったナッシュのレースボードにととるボックスを埋め込みフォイルをつけてダウンウインドをしてみた。
つける位置がイマイチだったり何より板が長すぎて、ノーズが浮かんでもテールが海面に着いてしまったりするので板をちょん切ってみたいというがナッシュは最初は許してくれなかったらしい、そこまでしても成功するとは思えなかったのだろう。それでも結局板を鋸で切って再度トライしてみたら浮かぶようになった。彼がフォイルでダウンウインドしている映像は2016年に YouTubeに出て大反響。私もそれをみて自分にはできないだろうけどなんてすごいことだろうとそのすごい感覚は理解することができた。
歳をとってからわかってきたことなのだが、私はもともと波に乗ることというよりは自然の大きなパワーを感じることが好きでそれがたまたま波に乗ることはそれをすごく感じることができるから夢中になったのではないかと思う。だからスノーボードでもパークよりアラスカの山々に憧れたし、ウインドサーフィンでも大会より大きな波にフォーカスしていた。今でも混んでるラインナップでいい波に乗るより断然ジャンクでも人がいないところで自然を感じられる場所、特にアウターリーフとか大海原にいることに喜びを感じるから。なので大海原で一人きりものすごいスピードをエンジン無しに海のパワーを感じながら滑走するカイレニーの映像はその後永遠に私の脳裏に鮮やかに刻まれ、いつかはやってみたいなと思うようになった。
さて、イマジネーション豊かなカイレニーはそのダウンウインドの映像で世界のあちこちに衝撃を与えた後もどんどん進化していき、次に見た映像ではすでにサーフボードでフォイルダウンウインドした李、波の中でフォイルサーフィンしていた。そんな中でカイとアレックスは一緒により使いやすいハイパフォーマンスなフォイルを作ろうとどんどん試作していき、その結果がGO FOILの最初のフォイルKAIモデルなのだ。
KAIモデルができた当時でもまだまだそれを実際やってみようという人はそれほどいなかった。日本では新しい情報を手に入れたトモがカイレニーが最初に使ったようなレースボードにボックスをつけたものでニューカレドニアにいた時に仲間とトライ、その後も初期からフォイルの進化と共に本人もどんどん上達、パイオニアの一人となっていた。
私がやろうと思ったきっかけはやはりデイブが始めた頃だろう。いつも一緒にサップサーフィンに行く仲間が5−10人くらいいてデイブはそのリーダー的存在だった。その彼も昔90年台からアルミのフォイルでレアードたちとトウインをしていたパイオニアではあるが当時の道具では限界があり、危険もあり、その後遠ざかっていた。だからアレックスに誘われても最初は乗り気でなかったらしい。フォイルを最初に始めたレアードでさえ、アレックスがカリフォルニアに行った時に貯めさせようとした時全然乗り気でなかったらしい、ただ乗ってきたらその場でその板とフォイルをここにおいていけと主張し、アレックスがこれをあげたらマウイで使う板がないと断ったらその場でハイテックに電話して同じ板をアレックスのために買ったという逸話もある。
そんなわけでデイブも最初はあまり興味なかったのだが2回目にハーバーで試した時に波がほとんどない中長く乗れ、そのポテンシャルを理解し、海から上がった後そのまま銀行に行ってお金をおろし、フォイルを買うとアレックスに伝えたらしい。それからの彼はもうフォイル一直線。なので一緒に海にいても一人だけフォイルでテイクオフして見えないところまで行ってしまう、そして10分ほどしてからはるかインサイドからニコニコ顔で帰ってくる。
それが2017年の冬1月ごろ
こっちは普通にサップで波に乗ろうとするけどそんないい波じゃなければせいぜい30メートルくらいしか乗れない、なのにデイブは見えないところまで乗り繋いでそれも本当に嬉しそうに子供みたいにきゃっきゃ言いながら帰ってくる。こっちは必死に漕いでもそんなに楽しめない。そんな彼を見て仲間が次々とフォイルを買い出した。それでも私は一番下手なのは私だし、買うお金だってないし、無理と思っていたが最終的に上流階級の人がそんな苦労せずにいい思いをして下々の私たちは必死に働いてもいい思いができない、そんな状況から抜け出したくて投資だと思ってフォイルを買うことにした。当時はゴーフォイルしかなかったし板もなかった。みんなサップにフォイル用のボックスを埋め込んだりしていてその後少し経ってからサップ、ウインド、フォイル全てに使えるというボードがスターボードから出た(けれど全てに使えるだけあってどれもが中途半端とも言えた)
私はハイテックにあった4つ残っていた在庫の一つを買い、毎日一緒に乗っていた本橋くんにもお金がなくてもとりあえずあるうちに買っといたほうがいいと説得し、日たりともカードで購入、その後冬にいつも一緒に練習する仲間の津村さんも最後の在庫を購入。多分もう一つはマウイに滞在していたビッグウエイブサーファーの櫛本さんが買った気がする。実際その後みんながどどーと欲しがった時に在庫が全くなく、本当にあの時先に買っておいて良かったと思う。
さてフォイルは手に入れたけどそれをつけるボードはさらに手に入れるのが難しかった。スターボードのライダーだったともはスターボードの板を使い、デイブはすでに自分でいろんな板を作り始めていた。私はいつもジミールイスの板を乗ってきてジミーさんに頼みたかったけれど乗れもしないのに頼むのも気が引けたし、プロダクションは当分できそうになかったからどうしたものかとフォイルだけ部屋に置いたまま引き続きサップに乗っていたのだけれど、ラッキーなことにジミーさんの息子がかなり早い時期からフォイルにハマり、フォイル用の板をシェイプし始め、ジミーさんも手伝うようになり、カスタムで何人かの人にフォイルボードを削り、私にも欲しいかと聞いてくれたのだ。ぜひお願いしますと頼み、結局フォイルを手に入れてから3、4ヶ月後にマイボードも手に入れることができた。
それまではデイブが昔使っていた板などを貸してくれ、9”6とかほとんどサップのような板でスタンスもデイブ用のものなので大股びらきのような格好でしか乗れなかったけどそんな板を少しの間借りたりもしていた。ただし本格的に始めたのは2017年の夏くらいだったと思う。
最初に作ったのは多分七くらいのブルーの板、その後イチゴちゃんと呼んでいた5”七くらいのもの、そしてかなり小さめのグレーの板(5”2で薄め)を作ってそれだとちょっと荒れた海面で大変だったので(ただしこの板はウイングを始めた時に重宝した)5’3の板を作りそれがちょうどいい感じに収まった。そこに辿り着くまでに3、4年かかり、その間に何度かダウンウインドもトライしたけどカイレニーのように行くわけがなく、トライするたびにやっぱりダメかと諦める感じで毎年夏に波がなくなり風が吹き始めるとまたできるかもとトライしては諦めていた。その間にも2019年にコロナのロックダウン、そしてウイングが出てきて2019年はとにかくウイングばかりやって毎日ウイングでダウンウインド、サップフォイルのダウンには手を出さずじまい。そしてその翌年2020年にマウイからモロカイまでウイングでダウンした後に、よしウイングではある程度乗れるようになったから今度こそ、とサップフォイルでダウンすることを練習しようともう一度考え始めた時にタイミングよく、友人ので便がやりたいと思ってるというので一緒に練習を始めた。すでにデイブやアレックスは2017年くらいから苦労に苦労を重ねできるようになってたし、ともやキャシーもずっと続けていたので彼らにはついていけず、一緒に行っても待たせるだけなので一緒に行くことすらできず、かといって一人では移動ができないのでずっとそれを言い訳にやってなかったけどデビンの出現で週一回か2回は一緒に練習ができるようになった。
二人で全然できないながらも短い距離での練習を続けているうちにさらにラルフもやりたいといって参加するようになり、私が最初にトライした頃からやってはいたけど私同様やってはやめることを繰り返していたランディーも一緒に来るようになり、大体4人でビギナーチームの練習が始まった。4人もいれば大体誰かしらが行けるので2020年はかなりダウンの練習ができた。クアウからシュガーコーブまでの3マイルくらいを最初は1時間以上かけて下っていた。一瞬でも浮くとその喜びになんとか次の日も頑張ろうと思えたけど本当になかなか浮かばないし毎日クッタクタになって練習していたが仲間がいたことで頑張れたし、やればやるほど少しずつではあったけれど進歩していた。
そして現在2022年の夏を終えて、デイブカラマがダウンウインドに力を入れて開発し、去年の冬あたりから形になってきたダウンウインドのプローンボード、今までの板と全く違う形で長くて細いその形からバラクーダが海の中で泳いでるみたいだといったことからその名前がついたボードが出現、それがダウンウインドフォイルのゲームチェンジャーとなり、私もその恩恵にあやかった。今やそのボードのおかげでダウンウインドはトップエリートだけが楽しめるものから誰もがトライしようと思うようなものになってきた。
私たちも全員がバラクーダに乗るようになり、今年から始めたメンバーも急増、そして二ヶ月日本に帰ってる間にみんなめちゃくちゃ上手くなってほとんどがマリコベイからハーバーまで一気に降っていく。私たちがハーバーまで気軽に来れるようになるまで、あんなに時間と苦労をかけたのに。
というわけで2022年の夏はバラクーダがダウンウインドフォイルシーンを変え、おそらく来年の夏にはダウンウインド人口は2、3倍に増えるだろう。
2016年にカイレニーのダウンウインドフォイルを見た時から6年かけてやっと私もあの気持ちが少しだけ味わえるようになった。そしてその時の映像で彼がいっていたように、この気持ち良さのことばかり考えている。
簡単に年表にしておくと
2016年 夏 カイレニーがレースボードを短くした板にフォイルをつけてダウンウインドしている映像が世界で大反響
秋 ともがニューカレドニアでフォイルに初トライ
2017年 冬 アレックス、デイブカラマ、オースティン、ブレットリックル、ジュニア、ともなどがフォイルを始める。スペンサー兄弟、そしてカイレニーらもダウンウインドだけでなく、フォイルサーフィンも進化していく。
2017年 春 私も少しスタート。ただし自分の道具を手に入れて練習し始めたのは夏以降。ともはダウンウインドも始める。(最初のマウイ2モロカイ4インフォイルで参戦?カイ、ゼイン、ファンク、トモ?)
2018年 かなりフォイルが一般的になり、サップ人口が減りフォイルに移行 冬はカア、夏はガードレールが人気スポットに。
2019年 冬の初めにアランキャディッツとケンウイナーがウイングを開発
春にウイングをやりたいと思っても道具が手に入らず、哲平さんやともとレッスンを受ける。フルプライスでお金を払ってウエイティングリストに名前を入れ、夏にやっとウイングを購入、ただし風が強すぎてほとんど練習できず。結局ちゃんとやりだしたのは2020年に入ってから。同時進行でサップフォイルはずっと練習。2017年にも数回、2018年にも一回くらい、そして2019年にも多分一回か2回はダウンもやっては見たが結局苦しいだけでほとんど浮かばず、エリートしかできないという意識があった。
2020年春 コロナのロックダウン 仕事もないので皆海に来てウイングやサーフィンをするようになる。この一年ウイングに集中できたことで皆上達。私も夏の間ほとんど毎日ウイングでダウンウインドをしたおかげでかなり上達、ただしサップフォイルでのダウンウインドはこの年一度もやらなかった。
2021年 前の年はマリコランをウイングでやるのが目標だったので21年はマウイ2モロ会をウイングで横断することを目標にし仲間4人で横断それが6月、その後は次なる大きな目標としてまたサップフォイルでのダウンウインドを練習するようになる。今までは一人ではなかなかできずに終わっていたが、今回は3人の練習仲間ができ、夏の間コンディションさえ整えばできる限り練習。それでもなかなか浮かばず・クアウカラシュガーコーブまでがやっと。10秒くらい浮いた!から1分浮けた!となり少しずつ飛行距離を伸ばしてはいたが、それでもまだまだ楽しかったと言える日は少なかった。
またフラットウオータープラクティスも始まる。
2021年の秋から22年の春にかけてはほとんど風が吹かず、また吹いても波が大きく、ほとんど練習できず。ただし春になってからは毎日のように練習、そして少しずつコンディションがいいときはフルマリコランをやるように。
22年春バラクーダの登場
冬あたりからデイブが開発し始め、春に何本かのプロトタイプをコアメンバーがトライした途端、ダウンウインドのAチームは続々のバラクーダに移行、ラッキーなことに一本ブランクスの残りで作ったボリュームが少なく薄めの板があり誰も使いたがらなかったのでデイブが私にトライしてみろとかしてくれた。
見た途端こんなの乗れるわけがないと思ったけど、トライするのに損することはないからためhしてダメだったとすぐ返せば良いやと風の強い日のカアで立てるかどうかトライ、なんとか立ててその上沖まで行ったら波がなかったのに浮かぶことができ、それも何度も!次んもう一回かフルイハーバーで試してこのボードはすごいと確信し、借りることに決めた。
私にとってもゲームチェンジャーで使うフォイルのサイズが小さくなった。それまではマリコ210や1400だったものが1250や1150に変わった。
その後は引き続きダウンウインドも波乗りも試行錯誤、へこたれてはたまに最高の気分を味わえるフォイルに完全に夢中になっている。
現在のギア
ダウンウインド バラクーダ フォイルRS1150がメイン、弱い日にはGT1250 強い日に850を試したいと思っている。テールは14FTLがメイン、これから少し色んなものを試してみたいと思ってる。
フォイルサーフ ジミールイス5’3 RS850
ウイングフォイル ジミールイス4’6 RS 1000とNL130風が強い時にもう少し小さめのものを使いたいと思っているが何が良いかまだ決めかねている。テールは12.5FTS