2011-09-18

9月13日 ばたばた移動

予定外のことが起こってスケジュールが狂ってしまったが、何とか夕方には落ち着いた。
東京に行く予定もキャンセル。結局今回1ヶ月半近く日本にいて、スピーカーシリーズで行った以外東京に行ってない!
これってかなりすごいことではあるけど、インターネットやメールの普及のおかげでもあるかな。

ぐちゃぐちゃの頭の中のまま、夜には出発。マウイに帰る前にどうしても行っておきたかった御前崎へ向かう。

もおちゃん家族に会えるのも楽しみだ。

2011-09-16

9月12日 満月ライド

前からやりたかったフルムーンライディング。なかなか満月と風と自分のスケジュールが合わず、やっと今日実現。月が上がってくるのが結構速いので10-12時ごろは真上にいてあまり面白くない(できれば斜めからのほうが海面に月が反射してきれい)ということでほんの一瞬仮眠して3時から出発。
目覚ましがなったときは気持ち悪くなるくらい眠くてほんとにやめようかとも思ったけど、がんばっておきに漕ぎ出した。海に出ちゃえばこっちのもの。ちょっとオンショアで海面がばたついていたが、とりあえず混雑は皆無。

暗いのでセットがはっきりわからないし波に乗るタイミングも難しいけど、その難しさ加減がまた面白さを増す。

満月の日というのはなぜか良く眠れない、普段はどこでもいつでも寝られるのに満月のときはなんか変なエネルギーを感じて寝つきが悪かったりすぐ起きてしまったり。
今日も満月の光を浴びてなんか眠たいどころか変にリチャージされて元気になった。明るくなりかけたころ終了。

たまにはいいよね、こんなのも。

9月11日 9・11に思う

なんともう9月11日、今年も一気に過ぎていく。
9月11日のあの事件からすでに何年になるのだろうか、あの時カイトの大きな大会のために海に行き、そこでそのニュースを聞いてどっと落ち込み、今はなき友人シルキーと一日家でボーっと家族のことを思っていたっけ。
そして今年の3月11日から今日で半年。いろんなことがそのあいだにおき、またあんな悲惨で立ち直れないかのように見えた状態でも半年でずいぶんのことがよくなっていった、でもぜんぜんよくなっていなかったりひどくなっていったこともいろいろあるだろう。この半年で人間の強さや弱さ、そして勇気と欲を見てきた気がする。
自分もすごく変わった。いろんなことを真剣に考えたし、いろんな失敗もした、沢山のすばらしい出会いもあったし、同じ気持ちを共有する同志も沢山生まれた。
今回のことですごく感じるのは今までうやむやにしていた気持ちや事実が白黒はっきりさせられたということ、政治家や行政のいいかげんさや頼りなさが最近表に出てきているが、それも今までにもあったことだけど表面に浮かび上がってこなかっただけだったのだと思う。

自分に関してもそうだ。なんとなく内側にあった感情が表に出てきたりはっきり把握できるようになり、いいことはよりすばらしく感じるようになり、あまり好きでないことや必要ないことは切り離したいという気持ちが強くなった気がする。そして自分の気持ちに正直であること、直感や自分の能力や思いを信じること、そんなことも増えた。

まだまだわからないことだらけだけれど、前を向きながら東北の復興と同様、少しずつ試行錯誤で進んでいくしかないのかもしれない。

9月9日で3周年を迎えた友人のお店で大好きなとろろを使った3周年特別メニューを食べながらそんなことを考えた。

9月10日 パタゴニア千葉グランドオープニング

(パタゴニア日本支社辻井社長のご挨拶、若いけれどとっても頼りになる、それでいて私たちのようなバムスピリットを持つパタゴニアを人にしたような彼だが、私も彼が声をかけてくれたおかげで今パタゴニアとかかわらせてもらっている。心から感謝!)
北海道から朝出発、同じようにニセコから成田に来た太朗さんと彼を迎えた千葉夫妻に一緒に乗せてもらって千葉へ。スタイルマスター二人の会話。どちらもとても実際の年齢には見合わない少年の目の輝き。(ちなみにここではぜひオレゴンで一緒にスノーボードしよう、そして冬の海も?といったことを話していたけど、ぜひ実現させたい!その記事絶対書きたい!)
こちらは大先輩お二人、テッド阿出川さんと陸さん、おしゃれで何でも楽しむ精神があって、私がわくわくするような昔のサーフィンの面白い話がいくらでも出てくる人たち。こういう人たちのおかげで今のサーフィンがあるんだけど、今のサーフィンがさらにこの先すばらしいサーフィンワールドを作っていけるのか、ほんのちょっぴり不安になることもある)
(ストアの脇にあるシェイプルームでデモをするジェリーさん。何十というカメラがいっせいに彼に向けられていた。その様子がすごかった。ジェリーさん以外にもフレッチャー、そしてミステリアスで偉大なウエインリンチ師もシェイプ、すごく時間をかけてパーティー後も削っていた。すべてのボードがオークションにかけられ、その売り上げは東北の支援に使われる、それにしてもウエインリンチのシェイプボード買った人、ラッキーだなあ)

千葉、一宮は日本のサーフィンが発展してきた過程において中枢部分といえるエリア出、それだけにすばらしいサーファーも沢山。このパーティーにも本当に沢山のレジェンド的存在の方々がいらしていた。そして本当に面白い、はチャめちゃな話を沢山聞かせてくれた。こういう話、(まあ記事にできる話ばかりではないが)本当に貴重、元先輩たちの話を沢山聞いてそれを記録に残して尾かなけれバッていつも思う、それぞれが日本のサーフィンの歴史の一ページであるのだから。テッドさんはジェリーさんの本の最後の章にある新島のエピソードのときの映像を持っているらしい、あーそれ見たい!

ディーラーのショップの人、プロパーチェスの人そのほかいろんな懐かしい顔ぶれとも合え、すばらしい時間だった。海外からはジェリーさん、ウエインリンチさんのほかにダンマロイとフレッチャー、そして今私が最も注目し、突っ込んだインタビューをしたいと思っている(思っていたらなんと今年からパタゴニアのアンバサダーになっていてびっくり、さすが!)のコールクリスチャンセンも来ていた。彼は知る人ぞ知るビッグウエイブサーファーであり、その上太陽エネルギーのパネルの設置ビジネスなどをして、自身もできる限り自給自足的な生活に近づけるようなライフスタイルを送っている人。
みんなすばらしいスピーチをしていたけど彼のスピーチはひときわ心に残っている。
彼は子の大きなストアの前に拾いスペースがあり、そこが珍しくコンクリートでなく芝生が広がって流転について指摘した。
『設計した人がどこまで気づいてこうしたのかはわからないけど、このストアで一番すばらしいのはこの部分だと僕は思う、ここでサンダルを抜いてはだしになり座ってフラをみていたとき本当に幸せな気分だった。足の裏に芝生を感じ、地の鼓動、エネルギーが感じられた』ぜひ来るお客さんにもちょっと靴を脱いで芝生の上ではだしになることを薦めたい』というような内容で、いいところに注目してるなあと感動した。すばらしい先輩たちとエネルギーみなぎる若いスタッフやパタゴニアに共鳴する多くの仲間たち、そして沢山のおいしい食事と刺激的な会話。すばらしい夕べだった。

帰りは千葉夫妻にまたまた鎌倉までボード後と送ってもらいとっても助かった。ありがとう!北海道の旅、千葉での時間、どちらもかけがえのない友人たちを再確認、いろんな刺激をもらえた充実した日々だった。けど、睡眠不足が続いているのも確か。

9月9日 佐々木村のプリンセス

真っ暗なうちから公園でのアナウンスで目が覚めた。起きてみるとそとは車で一杯、なんと今日はここでのサケ釣り解禁の日だったらしい。河には釣りキチがおおぜいならんでいた。趣味は違えどフリークぶりはサーファーやウインドさーふぁーとかわらず、なんかかわいい。
佐々木さんの案内でいろんなスポットをチェックしてみたが、日本海マジックで、風が落ちると波のサイズも一気に落ちてしまうらしく、どこもいまいち。結局昨日乗ったところに出てみたけどひざ腰のショアブレイク的な波に大勢のショートボーダーが入っていたのでちょっとだけ周りを漕いで終わり。やはりじゃまはしたくない。回り道してドライブを楽しみ、その後佐々木さんのお店になる予定の場所でジンギスカンをご馳走になり、札幌のはずれにある山を目指す。
街から10分もかからないようなところなのに、途中からは舗装もされていないし完全に山の中、ター君も町の中にすスキーのジャンプ上がある感じの風景に感激していた。日常生活の中にスキーが入り込んでるって感じ、それはまるでオーシャンフロントの家に住んで毎朝サーフィンするかのようなスタイル。
森の中に迷い込んだ気になるところに陽ちゃんと第チャンの家はあった
YOちゃんと大ちゃんのことは二人別々にアラスカで知り合ったのだけれど、実は私は縁結びのキューピッドでもある(?)アラスカでようちゃんとシーサーのレディース3人で旅をするとき彼女を空港まで一緒に迎えに来たのが大ちゃんなのだ。彼はその前から彼女のファンで、ぜひ迎えに行きたいとドライバーを買って出てくれ、そこで最初に出会ったとき歩らで記念写真を撮った野田が、その写真も今回二人にプレゼント、でも大ちゃんはそのときに上げたもう一枚をいまだに大事にとってあるらしい。同時のようちゃんはオリンピックで7位入賞した直後でぴっかぴかに輝き、大ちゃんも輝いてはいるけどほっぺは真っ赤でアフロヘアー、その写真を見返してようちゃんは、この人と結婚したんだよねー、勇気いるよねーなんて笑っていた。
でも今の二人はほんとに心底幸せそう。1歳2ヶ月の愛娘あかりちゃんは食べちゃいたいくらいかわいらしい。初対面では普段ちょっと警戒するらしいけど、近くに自分から来てくれて一緒に遊んでくれた。ようちゃんも大ちゃんもそれぞれ本当にいい親の顔をしている。木のにおいたっぷりで、いろんな親しい人の手作り家具が一杯の広々とした素敵なおうちで久しぶりにいろんな話ができた。
大好きな仲間が頑張ってるところや幸せな様子に触れるほど自分をハッピーにすることはない。とっても幸せな気分で私も布団に入った。



盤珪スキー場のふもとにある野でスキー場から家の裏山まで滑って帰ってこれるらしい、日本じゃないみたい。
子供のころからここで育った大ちゃんが中学のときに自分で立てた隠れ家(左のグレーの小さな建物)と18のときに立てて一人で住んでいた小屋(右のログキャビン)、そしてかなりのアップグレードバージョンの現在の家、でもなんとなく雰囲気がみんな一緒で家を見ると大ちゃんの成長振りが見えるようだ。ここには他に大ちゃんのお父さんの仕事小屋、弟さんが住んでいる家もあり、佐々木家の家がずらりと並んで佐々木村といったかんじ。そしてそこでおじいちゃんやおばあちゃん、みんなに愛されかわいがられて思い切り外で遊んでいる明かりちゃんはまさに佐々木村のプリンセス。
こんな生活をしながら育つ子供の幸せ、あかりちゃんはまだ実感していないだろうけど、これが絶対後々大きな影響を与えるのだろうなあ、と思う。明かりちゃんがどんな女性に成長するのか今から楽しみだ。

いそがしいのに突然押しかけた私たちを心から迎えてくれたようちゃんと大ちゃん、本当にありがとう。
結婚式にもいけず赤ちゃんのお祝いもできなかったけどやっと二人の幸せな結婚生活にふれられてインスピレーションをたくさんいただくことができた、あと2,3日この家の周りを探検したかった!理想の家族生活って感じだった。ありがとう。

9月8日 日本海でしめられる

(日本海のような海、こんなオンショアの海でスタンドアップしたのは初めて)
オホーツクの海で普段さびしく、しかしハードコアに海を楽しんでいる友人パトさんからの紹介で昨日お会いした大久保さんの案内で、今日のゲレンデチェック。昨日までの湾はさらにサイズダウンだろうということで襟裳方面か日本海方面どちらに向かうか迷ったけれど、前者は東京から大阪間の距離があるということで日本海へ。行っては見たけど予想通り風が強くそれもオンショア。波はあるけどかなりジャンク、それでも朝早くからみんな入っていた。
さいしょ)見たメイン(と思われる)スポットはものすごい数の車が止まっていて沢山のサーファーが入っていた、頭以上あるオンショアウエイブで、スープがテトラやショアブレイクで玉石にぶつかっているのを見て、これはスタンドアップで、それもサーファーの中に混じっては絶対無理と心の中で却下。
結局みんなもそこでは乗れないネーということになってさらに北上。次に見たところもオンショアの御前崎みたいな感じ。とてもスタンドアップで乗るようなコンディションではなかったが少なくとも人はいないので自分が巻かれるだけ出し、玉石ではなく砂浜なので気が楽。そこで少し昨日までの雨にぬれたギアなどを干しながらのんびりしていると、そわそわしている大久保さんが「じゃあ、ちょっと乗ろうかな」と準備を始めた。
私たちも出ないよりは出た方がいいので彼に続いた。大久保さんはかなり苦労したものの、アウトに出ていった。その後ろからショートで出たター君はかなり苦労している。彼はサンセットの結構大きな波でも行っちゃうビッグウエイバー、そんな彼が結構苦労してアウトに出れずにいるのを見て、ちょっと自信をなくしたが、一回は出ないと、と思い、重い腰を上げて出艇。
いやはやスープが休みなく押し寄せ、大変。しかしスープにパワーがないのでバランスさえ崩さなければよっぽどの割れ方をしない限りそれほどひどい巻かれ方はしない。何度もへこたれそうになりながらもかなり流されたところから流れに乗ってアウトに出ることができた。
ター君は途中まで出た後波に乗り、気がついたらまた振り出しに戻っていたらしく、ビーチに戻っていた。大久保さんはアウトでクローズアウトにいくつか乗りながらも3回くらいアウトに向かっていた、あの根性には脱帽、必死にアウトには出てものの、その努力に見合うご褒美波がない。ここまでせっかく頑張って出たんだからクローズアウトのスープで帰っちゃうのはイヤだ、一回半分くらいの距離乗れたけどもう一度アウトまで出て、乗れそうな波に乗ろうと頑張ってみた。やっとちょっとだけぼこぼこではあるけどフェイスのある波を捕まえ、ちょっとターンもどきをしながら乗りつなぎ、ショアブレイク付近まで戻ってきた、ショアブレイクで何度もまかれながらビーチに打ちあがり終了。
いやはや、昨日までがあまりに言い波だったので、〆られたってかんじ。いい思いばっかりしてるんじゃないよ、厳しいのもやっていきなさい、といわれた感じだった。ま、何はともあれ、海に出て、出なきゃ良かった、とは絶対に思わないし、とりあえずアウトに出れたで十分満足。

(ター君、大久保さんのボードを借りてリッピング)
そうこうしているうちに少し風が落ちてきたので来た道を戻ってみると、漁港のところで割れていた場所が結構よさそうに見えたのでそこで出た。ここは私も昔から知っている中山さんというウインドサーファーが開拓したらしい。(大久保さん)
それまで風がおんしょあだったので波は寄れていてフェイスはクリーンではなかったけど立て続けに波が来るわけではなく選べたし、結構ロングライドもできた。ここのところの雨で流木が沢山浮かんでいてテイクオフしようとするとがつんがつんと当たって障害物競走のようだったけれど、かなり楽しめた。大久保さんはここでもリッピング、道産子パワーを見せてくれた。岸ではおじいさんやおばあさんたちがなにやら拾いものをしている。打ちあがった昆布を拾っているらしい。北海道の利尻昆布は日本一とされているらしいが、この岸はその利尻と同じ海、もう岸に足っただけでだしのにおいがしてくるほどいいにおいがぷーんとしてくるのだ。帰りに流木を沢山と昆布の切れ端3枚だけもらってきた。おじさんたちは袋一杯に詰めて引きずってもって帰っていたけど、家で干して近所の人や親戚にあげると喜ばれるらしい、そりゃあそうだ、その場でちぎって食べたけどめちゃくちゃ味わいがあり、おやつ代わりに食べられる。まだ家に帰るまでには日数があるのでそれまでに腐らないことを祈りながら袋に入れた。

その後ター君は最初に出たスポットで3ラウンド目、私はコンピューターを出して仕事、のつもりが居眠り。風は落ちたので少しコンディションもよくなっていたが、ああいった海で冬も出ているのかと思うと北海道の人たちはすごいなと思う。(EVENING SESSION)
そのスポットには近くに気持ちのいい公園がありキャンプもできる。温泉でリラックスし、汚れを落とし、テントを張り、ご飯を食べていると、札幌のウインドサーファーの佐々木さんからお電話、遅い時間だけどた0クンと飲むためにこれからきてくれることになった。私はほとんど寝ぼけていて覚えていないが、そんな感じで夜が更けていった。今日も沢山体を使って気持ちよい一日と親切な仲間に感謝!

9月7日 ダブルレインボウ

朝4時に車が出発する音で目が覚めた。一緒にキャンプしていたオーム君がまず出発、彼らは車のなかに寝ていたのでテントを撤収しなくてはならない私達は ちょっとで遅れた。浜に着くとそこにはサイズダウンはしたものの、弱いオフショア、まだ薄暗くてよく見えないけれど波間には3人くらいの影が見える。
アー今なら思い切りピークから乗れたのに、と出遅れた自分を責めながら超特急で着替えをして出て行っては見たものの、出たころにはピークには10人くらいの人がいた。あー一時間早くで照れば人画出てくる前にピークから乗れたのになあ。
アウトに出るときもう一人サーファーが出て行こうとしていたので挨拶をしようとすると、なんとそれは昔ニセコでいつも一緒にいた修君だった。
「あー修ちゃん!」
「おー、ひさしぶりー、こんなとこでなにしてんのー」
修ちゃんだけではない、ニセコでずいぶん前にお世話になっていたコアなメンバーがみんな勢ぞろいのラインナップだった。遠藤さん、壮一さんみんなリッピングしまくっていた。
私はスタンドアップなので(おそらく普段はスタンドアップで出るなんてとんでもないのだと思うが、絶対に邪魔にならないショルダーのほうからあまり波を待ちながら少しだけ乗らせてもらった。

朝 日が昇ってくると降っていた雨が上がり、気がつくと岸のほうに虹がかかっていた。それもくっきりはっきり恥から恥までの半円の虹、海にいたみんながそれを 見ながらこの場にいてすばらしい波とこの瞬間をシェアできることに感謝していた気がする、いい波にテイクオフし、それを周りがイエーと声をかける、かなり のロングライドを決め、遠くのほうでプルアウトするのが見え、そこからパドルで戻ってくる間終始満面の笑み、自分が波に乗っていなくてもその人の喜びで自 分が幸せになれるような気分。
雨は降ったりやんだりを繰り返し、そのたびに虹も出たり消えたり、あるときは虹の方向がちょうど波に乗って進んでいくと虹をくぐるような場所にあって、不思議な気持ちにさせられた。
何回かダブルレインボウも顔を見せた。ダブルレインボウは私にとって死んでしまった大切な友人が見せてくれるサイン。
ちょうど今日はみんなで春にがんで亡くなってしまった太クンへのお別れをこの海でやろうといっていたこともあり、びっくり、絶対これは太さんが仕掛けているねーとみんな言葉にする必要もないくらい感じていた。

岸 から見たダブルレインボウもみんなのかっこいいテイクオフも朝日できらきら光るスプレーも写真に撮っておけば最高のものになっただろうに、こういうときに 限って海に出たら電池切れ、何一つ取ることができなかった、というかこの日は自分の目に焼き付けておけよっていわれているような気持ちにさせられた。だか らしっかりしっかり目に焼き付けて、そのにおいや風も覚えておこうと神経を研ぎ澄まさせて一つ一つのことを感じようとした。それにしてもいつに泣くきれい だったから写真に残っていないのは本当に残念。 ま、そんなものだ。

人も昨日より多く、私は完全なるビジターなのであまり波数は乗れなかったけれど、それでもみんなが周りを把握して理解しあった中での波のシェアの仕方がすばらしく、たまにいい波がこっちにも回ってきたりで最高の時間だった。

お昼過ぎにはこちらを出なくてはならなかったのだが、その前に太郎さんのリードで、簡単だけどとっても心のこもった太さんへの追悼セッションがあった。
ふとしさんはニセコとこの場所を心から愛し、ニセコとこの場所にいたいと思っていたらしい、お葬式やニセコでのお別れはすでに済ませたけれど、この海ではいい波の日にやろうとその日を待っていたそうだが、その日に私が居合わせることができたなんて、本当に感激。
さ あ、やろうというときに海の上にいたのは不思議にもふとしさんを昔から知っていた仲間ばかりで知らない人は誰もいなかった。みんなで輪になり、太さんの分 身を海に散らし、彼が海に帰るのを一緒に祝い、この世でのお別れを話すことができた。でも朝からの不思議な景色や虹、波などから不としさんがそこに一緒に いることはみんなはっきり感じていた。その上セレモニーを終えた瞬間、それまでとはまったく違うサイズの大きな波が一本だけやってきたのだ、そんな形で現 れるかな、なんてジョーダンっぽく考えていたけどあまりにもあからさまにそれが実際に起きたのでびっくり、みんながいっせいにその太さんウエイブに乗ろう としたけど誰も乗れないまま岸に行ってしまった(なんかそれも太さんらしいというか)

太さんとの付き合いはニセコにいたわけではないので 短いし、少ないのだけれど、でも一緒にすごした短い時間に強烈に印象付ける人で一言で言えば真っ正直な人だった。だから損もするし苦労もしたかもしれな い、でも最後に人生を終えるときにあれだけ正直に、自分と向かい合って生きてきたら、何も後悔も罪悪感もないはずだ。結局はそこが大事なのだと思う。彼が 生前書いたという詩を奥さんの博美さんが作ったカードで読んだとき、私が思っていた太さんのイメージはやっぱりそのままそのとおり彼だったんだな、と確信 できた。


「自分を信じる」    石川太

自分で考える。
何度も何度も考える。
そして、それが自分のものになったら、もう何もいらない。

それが大切なことだよ。

人は、誰かがそう言ってたから、とか、
自分じゃないところに答えを欲しがる。
そして、いつのまにか、それが、自分よりも正しいものになっちゃう。

自分に責任がなくなっちゃうの。

俺はね、自分を信じてあげることにしたの。
だから、自分が今まで、
直さなきゃ、って思っていたことが、直さなくていいんだって気づいた。

たとえば、この考えはよくないから消さなきゃ、とか思ったりしてたけど、
なくすことはないんだよね。

だって常にあるんだから。

そうなんだ、って思って、意識してみなければ ないのと同じ。

悪いことなんてなにもない。

たとえば、地球上の人が、みんなそう言ってるよ、って言っても、
俺には関係ない。

死んだら、どうなる、なんてわからなくていい。
自分で気づけばいいけれど、人に言われることじゃない。

自分を信じて、
自分を、ちゃんと信用できたら、
なんで生まれてきたんだろう、なんてそんなのどうでもよくなる。

それより、今 生きてることが、すっごく重要。

                    
奥さんの博美さんのブログにこう書いてあった。
「9月6日この日太が海に還っていった。 ダブルレインボウをみんなにプレゼントして、 とっておきの波に乗って。 そして、 最高の仲間たちに見守られて。 *** 太は海を愛していた。 「ずっと波乗りをしていたいから、 大人になったら 南の国に住むのかと思っていたら、 北の地に住むことになっちゃった
でも、
太は、北の地にも、ちゃんと自分の海を見つけた。
それも最高の海。」


太さん、いろんな大事なこと気づかせてくれて、本当にありがとう、これからも上から私たちを見守っていてください。

(太さんの友人たち、アーチストけん君、博美さん、太朗さん、桑さん)
さて波も落ちてきたことだし、と気持ちを切り替えて(でも後ろ髪引っ張られまくりで)札幌へ。北海道は大きいので思ったより時間がかかり4時過ぎに到着、軽く打ち合わせをして7時半からのスピーカーシリーズ。
最近山もご無沙汰だし、人が集まるかなあと心配だったけれど、たくさんの人が来てくれた。本当に久しぶりの小森さんもぜんぜん変わってなかったし、世界でのトップクラスのスキーヤー佐々木大輔、巣のボーダーの陽ちゃん夫婦が愛娘を連れてきてくれた。マウイベイビーじゃないかと疑われていたカリッチ夫婦も赤ちゃん連れ、忙しい合間に顔だけ出してくれた赤井川をベースにバックカントリーガイドやアウトドア全般のガイドをしている塚原君も来てくれた。

ス ピーカーシリーズ今回はこの北海道で最後だけれど、今回のテーマだったマスターたちの言葉や影響を受けたエピソードは話せなかったものがいくらでもある、 また何かの機会で多くの人とシェアできたらと思うし、パタゴニアのブログ、クリーネストラインで今回話した内容の一部を紹介する予定。

9月6日 Best surf I'd ever had in Japan!









9月5日 土砂降り

ザーザーぶりの雨はやまず。朝早くから海に行こうかとも行っていたのだが風が良くないので中止。あるいい私にとってはいいニュース、というのもまだやらなくてはならないことが終わっていない。結局この日もお昼を玉井ハウスのお迎えにみんなで食べに行ったくらいでほとんど家にいて仕事。太郎さんもまき与チャンもそれぞれいろいろやることをやって明日の波に備えるという感じだった。

夕方に宮下ケン君登場。彼はニセコのサーフアンドスノーフリークスのなかでももっとも熱心なライダーでとにかく仕事もライフスタイルもできる限り雪や波が優先できるスタイルを貫いている。それって簡単な陽で結構難しいこと。
昔から太郎さんが「大事なのはそのときその場にいること」といってたけど、まさにそのためにライフスタイルのほうを天気に合わせているって感じ、だからもちろん明日の波で頭がいっぱいの感じ、太郎さんのところで何本か板をピックし、雨の中今晩中に南下し、朝には波の前にいたいという感じだった。そういうパウダーデイの前の日みたいな高揚感は最高だ。

富士川の友人たー君も今日から北海道入り。レンタカーを借りてナビで夜遅く太郎さんのところまでやってきた、台風を見てきたわけではなく、もともとこの日程で来る予定だったのだが、なんともすごい当て方!というわけで明日の朝は早いのではやめにみんな就寝。

ザーザーの雨の中、波高マップのなかで真っ赤な矢印がついていた湾のことを思いながら布団に入った。

9月4日 記録的な大雨もいいかんじ

玉井家での5階(?)の屋根裏部屋に滞在中、そこから見える景色はまるで、自分がアルプルの少女ハイジになった気分にさせてくれる)

ぐっすり寝た翌朝は雨。今日一日ずっと雨の予報らしいが、私にとっては都合がいい、これですぐいい波なんていうとすべてをほっぱっていってしまうが、やることはたくさん、ここの所移動や旅が多かったのでたまった仕事を一日中やり続けた、そのためにはこの雨と静かな屋根裏部屋(といっても10畳くらいの広々としたすばらしい部屋なのだが)が最高の環境。


ニセコゲンテンショールーム兼玉井家マイホーム、みんなのセンスが隅々にまで感じられる素敵な居心地のいい家。隣にあったタケちゃんのチューンナップステーション。元はコンテナーかプレハブなんだと思うけど線路の枕木を利用していてとっても素敵。
夕方は桑原家にお呼ばれ、考えてみたら最後にニセコに来たのはこのシーザーyと桑さんの結婚式だった、そしてこの家の庭で2時間のすばらしいBBQをしたんだっけ。彼女たちの結婚式はほんとに素敵だったけど、その二人がこうして今も幸せそうにニコニコやってるのを見るとこっちもとっても幸せな気分になる。シーサーはスノーボードをすると「男らしい!」ライディングで知られているが、普段の彼女はほんとにかわいい料理上手の奥さん。地元の野菜がたくさんあるから、といろんなおかずをたくさん作ってくれた、あまりにおいしいので食べ過ぎてしまった。桑さんのスーパーポジティブで、なんでも肯定的な(良くないことも肯定的に考えつついいアドバイスをくれるようなかんじ)キャラと素直でまったく裏表のない、シーザーのやり取り、ニセコでのシンプルだけどハッピーな生き方、素敵だなあ、としみじみ感じた。二人とも同じ価値観で今生きていることを楽しんでいる。小さな不安や問題があっても早め早めに話し合っていくことが大事なんだな。

シーサーの今年から発売される新しいシグニチャーモデルも、形の色もデザインがとても素敵で、何より彼女自身がすべて満足だという太鼓判を押して、とってもうれしそう。これに乗ったシーサーのかっこいいライディングを見るのが楽しみだ。
雨でもニセコは素敵な場所、そしてニセコの懐かしい仲間のすばらしさを再確認した日だった。




2011-09-04

9月3日 久々の北海道

(雪解け時の春しか見れないから「春の滝」と呼ばれるはずなんだけどこの大雨で夏でも滝が登場)


八重山に行くときも台風直撃か!?という感じで着くかどうかわからなかったけれど、今度も台風の影響で飛行機にキャンセル続出、何とか札幌へは行けたが、その後ニセコに行くまでの電車がとまっていたり、自分の携帯電話も壊れていて、友人たちに連絡を取ることもできないまま、とにかく少しでも近いところへ進めるものに乗っていこう、という感じで、代行バスなど乗ったりしても最寄の駅へ。ラッキーにもバスが近場を走っているようだったのでそれに乗ってて尊敬する、そして多くのすばらしい旅を一緒にしてきた太郎さん宅へたどり着いた。こちらは雨、お留守だったので玄関先で仕事をしながら待っていると、海に行っていたようで「先に家に入っていてくれ」とのこと。遠慮なく上がり、軽く夕食を済ませて待っているつもりが、ここのところの睡眠不足がどっと襲ってきて、寝袋に包まって床で気絶、太郎さんたちが帰ってきたときには、声をかけてもらうまでまったく起きず、その上お布団を敷いてもらって、こっちで寝なさいと起こされたことくらいしか覚えていないほど機能していない状態だった。

(玉井家の本棚に飾られていたミニチュアボードたち、最高!)

台風の影響で電車を乗り換えたり、バスに乗ったり、途中の町をうろうろしたりとなんだか珍道中も楽しめたし、ニセコは今も変わらずほんとに気持ちいいところで久々のはずなのに、もう自分のホームに帰ってきたような気分。いてもリラックスして家にいるような居心地の良さを感じさせてもらえるのは、ほんと、美しい自然と迎えてくれる仲間たちのおかげだなあ。

9月2日 八重山ありがとう!

(まずさいしょに)8月中のブログをほとんどアップせずにいてすみませんでした、少しずつアップしていきます。(隊長、津村さんは、ヨット、カイト、ウインド、ショート、ロング、トウイン、スタンドアップと何でもやる、ウオーターマン、私も50代60代になってもこんな顔で海に入っていたい)
昨日の夜のうちに石垣にわたっておいてよかった!朝、潮が良くなってくるタイミングで津村さんが迎えに来てくれ、そのまま津村さんたちが開拓したスポットへ。ここの波は以前良く連れて行ってもらっていたポイントよりは掘れないし、海面下のリーフもそこまでぎざぎざではなく危険度が少ない。(沖縄写真ならこの人、北島さん)
昨日はオーバーヘッドで最高だったらしいが、八重山のオーバーヘッドは馬鹿にできないのを知ってるので、少しビビッていたが、こういう波質だったらかなり良かったんじゃないかな?
(ニューボードが良過ぎてはしゃぎっぱなしのがんちゃん)
早速パドルアウトして遠くの沖に見える波を目指す。
津村さんがリトルカナハと呼んでるだけあって波はそれほど掘れずメローでうまくつなげばものすごくロングライドできる。ジミーのクアッドを手に入れたばかりのがんちゃん、KAZUMAボードに乗ってる、王子こと北島さん、そしてはいむるぶしの豊さんも出てきたけれど、それでもこの大きな海は貸切で私たち以外は見渡す限り、青い海とさんご礁そして遠くに見える緑深い島の景色。こんなロケーションでこんなに波乗って、旅の締めくくりとしては完璧だ。
(島野菜カフェスタッフのみなさん)
乗りたいだけ乗ってから宿に戻り、すぐ隣に新しくできた「島野菜カフェ」でランチ、ここは前から行ってみたいと思っていたのだけれど、予想をはるかに超えたカフェだった。食べ物も本当に島では見るけど本州では食べられないようなものがたくさん、それもとても食材を生かした形で調理されていて、アイデア満載、オープンな雰囲気や飾られた小物やインテリアも素敵。でも何よりほんとにメニューのどれもがおいしそうだしユニークでまたここにくるのが待ちきれない。スタッフもとっても感じのいい人たちばかり、シェフは由比ガ浜の海の家でも働いていたとか?もっといろいろ話を聞いたり食材のこと教えてもらったりしたかったけど、石垣にはありえないくらいの忙しさで大人気みたいだった。
プライス的には石垣スタンダードから考えたら安くはないのにこれだけ人気(スペースもほんとに広いにもかかわらず)その上観光客だけではなく地元の人も多いことからもここの実力がうかがえる。石垣に来る人には絶対お勧めのスポットだ。

のんびり島時間を楽しんでいると北島さん再度登場、新しく出版された本屋カレンダー、クリアファイルなどをお土産に届けてくれた。特にこのクリアファイルは持ってるだけで八重山を感じられて最高。毎回そうだけどいつもこっちに来るとみんなにお世話になりっぱなし、そして遊んでもらいっぱなしでなかなか恩返しが返せないまま担ってしまう、それでも見返りなど考えずにやさしいみんなのピュアな心の優しさと明るさに触れていつも自分までやさしく明るくなっていくのを感じる。島の気質なのだろうか、彼らのスピリットはアロハスピリットを同じ気がする。
本当に心から、心の底から、ありがとう。

また来るからね!

夜10時半過ぎに羽田到着、人の流れやせわしさにギャップを感じながらホテル一泊、明日の朝今度は北海道に向かう。南の端から北の端にひとっ飛び。