2012-07-13
7月10日 出発
朝から部屋の掃除、そしてできるだけコンパクトに荷物をまとめる。その間に昔の写真や雑誌の記事が出てきて何度も脱線
この写真はたぶん始めてマウントフッドにいった年。京都のエスペランサというショップのライダーだったクニジ君、、北海道のエース14歳だったカズ、そしてウインデルズオーナーのティム、あと一人は日系アメリカ人の高校生だったかな?もう20年近く前のことになるのかな?信じられない。
スノーボードがどうしてもやりたくて、興味もないゴージの大会にでる と決め、その帰りにマウントフッドのスノーボードキャンプに入ったのだが、そのまま1か月以上そこに居座り、毎日熱に浮かされた人のように練習しまくった。結局8月の終わりにパイプが解けてなくなるまでお金がなくなってウインドの道具を売り、川辺にキャンプし、リフトも乗らずに歩いて山を登って週50ドルくらいパイプを使うために払い、パイプ堀(当時は手で全部掘っていたのだ!)などを手伝いながらやらせてもらっていたら、「こんなに毎日熱心に山に来れるんなら来年はスタッフとして雇ってやろう」と、仕事をもらったのだ、カイトを始めるまで毎年夏はここで働きながらすべりまくってきた。最初の1,2年はほんとに歩いてると時間がもったいなく感じられては知ってパイプ上っていた気がする、おかげで太ももがものすごいことになって、ジーンズが31インチのサイズしか腿が入らないくらい成長して、ウエストをベルトでぎゅーと締めないと履けなかった。
そしてこちらはシーサーと三宅陽子ちゃんそしてカメラマンのやーまんの4人(写真にはガイドしてくれた親友のクレーマーも入っている)で一ヶ月モーターホームで暮らしながらアラスカじゅうをまわって滑った旅、メンズに頼らず自分たちですべて判断をしながらアラスカの山を滑ることは緊張もしたし、プレッシャーもあった。でもとっても意義のあることだったし、その旅の間中みんなで共同で絵日記をつけたりしていた。
途中で出会った仲間たちも絵や文を加えてくれたりしてとても思い出深いものになった。それが出てきてめちゃくちゃ懐かしくなってしまった。良い旅だったなあ。
そしてこれはもおちゃん、ふーみんたちと一緒に行ったバハ、おんぼろのモーターホームでがたごと、ほんとにハプニング続きで大変だったけどそれだけにいろんな思い出がある、そのときふーみんがつけていた絵日記、写真よりもそのときのことを正確に伝えてくれる素敵なスケッチばかりでカラーコピーさせてもらってコラージュにしていた。もう色もはげはげだったので泣く泣く引越しの際にお別れしたけどその前に写真を撮っておいた。この絵とかまだとってあるのかなあ。
パッキングしながら、ぎりぎりにリクエストのあった写真をトレーシーと撮影。そしてパッキングを終えてオータムたちに空港まで送ってもらいやっとほっと一息。
あと10時間ほどで日本だ。
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