朝4時に車が出発する音で目が覚めた。一緒にキャンプしていたオーム君がまず出発、彼らは車のなかに寝ていたのでテントを撤収しなくてはならない私達は ちょっとで遅れた。浜に着くとそこにはサイズダウンはしたものの、弱いオフショア、まだ薄暗くてよく見えないけれど波間には3人くらいの影が見える。
アー今なら思い切りピークから乗れたのに、と出遅れた自分を責めながら超特急で着替えをして出て行っては見たものの、出たころにはピークには10人くらいの人がいた。あー一時間早くで照れば人画出てくる前にピークから乗れたのになあ。
アウトに出るときもう一人サーファーが出て行こうとしていたので挨拶をしようとすると、なんとそれは昔ニセコでいつも一緒にいた修君だった。
「あー修ちゃん!」
「おー、ひさしぶりー、こんなとこでなにしてんのー」
修ちゃんだけではない、ニセコでずいぶん前にお世話になっていたコアなメンバーがみんな勢ぞろいのラインナップだった。遠藤さん、壮一さんみんなリッピングしまくっていた。
私はスタンドアップなので(おそらく普段はスタンドアップで出るなんてとんでもないのだと思うが、絶対に邪魔にならないショルダーのほうからあまり波を待ちながら少しだけ乗らせてもらった。
朝 日が昇ってくると降っていた雨が上がり、気がつくと岸のほうに虹がかかっていた。それもくっきりはっきり恥から恥までの半円の虹、海にいたみんながそれを 見ながらこの場にいてすばらしい波とこの瞬間をシェアできることに感謝していた気がする、いい波にテイクオフし、それを周りがイエーと声をかける、かなり のロングライドを決め、遠くのほうでプルアウトするのが見え、そこからパドルで戻ってくる間終始満面の笑み、自分が波に乗っていなくてもその人の喜びで自 分が幸せになれるような気分。
雨は降ったりやんだりを繰り返し、そのたびに虹も出たり消えたり、あるときは虹の方向がちょうど波に乗って進んでいくと虹をくぐるような場所にあって、不思議な気持ちにさせられた。
何回かダブルレインボウも顔を見せた。ダブルレインボウは私にとって死んでしまった大切な友人が見せてくれるサイン。
ちょうど今日はみんなで春にがんで亡くなってしまった太クンへのお別れをこの海でやろうといっていたこともあり、びっくり、絶対これは太さんが仕掛けているねーとみんな言葉にする必要もないくらい感じていた。
岸 から見たダブルレインボウもみんなのかっこいいテイクオフも朝日できらきら光るスプレーも写真に撮っておけば最高のものになっただろうに、こういうときに 限って海に出たら電池切れ、何一つ取ることができなかった、というかこの日は自分の目に焼き付けておけよっていわれているような気持ちにさせられた。だか らしっかりしっかり目に焼き付けて、そのにおいや風も覚えておこうと神経を研ぎ澄まさせて一つ一つのことを感じようとした。それにしてもいつに泣くきれい だったから写真に残っていないのは本当に残念。 ま、そんなものだ。
人も昨日より多く、私は完全なるビジターなのであまり波数は乗れなかったけれど、それでもみんなが周りを把握して理解しあった中での波のシェアの仕方がすばらしく、たまにいい波がこっちにも回ってきたりで最高の時間だった。
お昼過ぎにはこちらを出なくてはならなかったのだが、その前に太郎さんのリードで、簡単だけどとっても心のこもった太さんへの追悼セッションがあった。
ふとしさんはニセコとこの場所を心から愛し、ニセコとこの場所にいたいと思っていたらしい、お葬式やニセコでのお別れはすでに済ませたけれど、この海ではいい波の日にやろうとその日を待っていたそうだが、その日に私が居合わせることができたなんて、本当に感激。
さ あ、やろうというときに海の上にいたのは不思議にもふとしさんを昔から知っていた仲間ばかりで知らない人は誰もいなかった。みんなで輪になり、太さんの分 身を海に散らし、彼が海に帰るのを一緒に祝い、この世でのお別れを話すことができた。でも朝からの不思議な景色や虹、波などから不としさんがそこに一緒に いることはみんなはっきり感じていた。その上セレモニーを終えた瞬間、それまでとはまったく違うサイズの大きな波が一本だけやってきたのだ、そんな形で現 れるかな、なんてジョーダンっぽく考えていたけどあまりにもあからさまにそれが実際に起きたのでびっくり、みんながいっせいにその太さんウエイブに乗ろう としたけど誰も乗れないまま岸に行ってしまった(なんかそれも太さんらしいというか)
太さんとの付き合いはニセコにいたわけではないので 短いし、少ないのだけれど、でも一緒にすごした短い時間に強烈に印象付ける人で一言で言えば真っ正直な人だった。だから損もするし苦労もしたかもしれな い、でも最後に人生を終えるときにあれだけ正直に、自分と向かい合って生きてきたら、何も後悔も罪悪感もないはずだ。結局はそこが大事なのだと思う。彼が 生前書いたという詩を奥さんの博美さんが作ったカードで読んだとき、私が思っていた太さんのイメージはやっぱりそのままそのとおり彼だったんだな、と確信 できた。
「自分を信じる」 石川太
自分で考える。
何度も何度も考える。
そして、それが自分のものになったら、もう何もいらない。
それが大切なことだよ。
人は、誰かがそう言ってたから、とか、
自分じゃないところに答えを欲しがる。
そして、いつのまにか、それが、自分よりも正しいものになっちゃう。
自分に責任がなくなっちゃうの。
俺はね、自分を信じてあげることにしたの。
だから、自分が今まで、
直さなきゃ、って思っていたことが、直さなくていいんだって気づいた。
たとえば、この考えはよくないから消さなきゃ、とか思ったりしてたけど、
なくすことはないんだよね。
だって常にあるんだから。
そうなんだ、って思って、意識してみなければ ないのと同じ。
悪いことなんてなにもない。
たとえば、地球上の人が、みんなそう言ってるよ、って言っても、
俺には関係ない。
死んだら、どうなる、なんてわからなくていい。
自分で気づけばいいけれど、人に言われることじゃない。
自分を信じて、
自分を、ちゃんと信用できたら、
なんで生まれてきたんだろう、なんてそんなのどうでもよくなる。
それより、今 生きてることが、すっごく重要。
奥さんの博美さんのブログにこう書いてあった。
「9月6日この日太が海に還っていった。 ダブルレインボウをみんなにプレゼントして、 とっておきの波に乗って。 そして、 最高の仲間たちに見守られて。 *** 太は海を愛していた。 「ずっと波乗りをしていたいから、 大人になったら 南の国に住むのかと思っていたら、 北の地に住むことになっちゃった
でも、
太は、北の地にも、ちゃんと自分の海を見つけた。
それも最高の海。」
太さん、いろんな大事なこと気づかせてくれて、本当にありがとう、これからも上から私たちを見守っていてください。
(太さんの友人たち、アーチストけん君、博美さん、太朗さん、桑さん)
さて波も落ちてきたことだし、と気持ちを切り替えて(でも後ろ髪引っ張られまくりで)札幌へ。北海道は大きいので思ったより時間がかかり4時過ぎに到着、軽く打ち合わせをして7時半からのスピーカーシリーズ。
最近山もご無沙汰だし、人が集まるかなあと心配だったけれど、たくさんの人が来てくれた。本当に久しぶりの小森さんもぜんぜん変わってなかったし、世界でのトップクラスのスキーヤー佐々木大輔、巣のボーダーの陽ちゃん夫婦が愛娘を連れてきてくれた。マウイベイビーじゃないかと疑われていたカリッチ夫婦も赤ちゃん連れ、忙しい合間に顔だけ出してくれた赤井川をベースにバックカントリーガイドやアウトドア全般のガイドをしている塚原君も来てくれた。
ス ピーカーシリーズ今回はこの北海道で最後だけれど、今回のテーマだったマスターたちの言葉や影響を受けたエピソードは話せなかったものがいくらでもある、 また何かの機会で多くの人とシェアできたらと思うし、パタゴニアのブログ、クリーネストラインで今回話した内容の一部を紹介する予定。
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